研究課題/領域番号 |
26870064
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研究機関 | 秋田大学 |
研究代表者 |
中島 佐和子 秋田大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (40453542)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 聴覚障害者支援 / 字幕 / 字幕制作 / 映画・映像 / ユーザーフィードバック / データベース / メディア / バリアフリー |
研究実績の概要 |
初年度は、日本における聴覚障害者対応字幕の制作環境について、字幕制作者および映画製作者への聞き取り調査からスタートした。現在日本では、100%の字幕付与を目指して法整備や字幕化が進んでいる。こうした字幕化の動きの中で、字幕提示技術に関しても新たな展開が生まれつつある現状を確認できた。「音声電子透かし技術を使った聴覚障害者用字幕表示上映システム」という技術である。これは、映画業界や映画鑑賞者に新たな負担を強いることなく、現在の映画館で導入可能な新技術として、高い評価を得ているシステムであり、実用化に向けた改良や検証やガイドライン作りが着々と進められている。一方、こうした字幕提示技術の急速な進展の傍らで、字幕としての表現それ自体の質の向上が喫緊の課題となっているにも関わらず、より良い字幕制作に繋がるような、聴覚障害者からの字幕に関する意見のフィードバックや字幕制作者間での情報共有の仕組みが十分でない現状も見えてきた。そこで初年度は、字幕提示に関する新しい技術動向に目を向け、本研究の目的とする「字幕制作過程における情報共有」や「豊かな表現手法の開拓」に向けて次年度以降に提案または開発すべき技術要素を検討するため、映画鑑賞新技術の開発団体と聴覚障害者50名を対象とした調査を実施した。 関連団体への調査からは、映画鑑賞新技術が字幕制作に与える影響として、主な2点を確認できた。スマートフォンやHMDなどのセカンドディスプレーへの提示に適した字幕の加工や修正が必要となる点と、上映間際まで字幕編集が可能となる点(公開間近まで内容修正が行われるアニメ作品などでは特に有効と考えられる)である。一方、聴覚障害者を対象とした調査を通して、字幕の必要性だけでなく、字幕自体の見落とし度合いや見落とした際の対処法を聞き取ることで、聴覚障害者の視点を字幕制作にフィードバックする糸口を探ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究のスタート時には、「字幕制作者が参照しやすい“分類”と“見やすさ”によって過去の字幕作品への探索を『字幕マッピング』の開発により実現する」ことで、これまでに欠けていた字幕制作におけるノウハウの共有と蓄積を促し、さらに、その視覚的な効果を活かして聴覚障害者からの字幕作品へのアクセスを容易にすることで、制作者と当事者の間の交流を生み出すことを目的としていた。しかし、初年時に計画していた字幕制作環境の現状調査を進める中で、国内における字幕制作技術の新しい動向を知り、「字幕マッピング」の試作にすぐに取り掛かるよりも、このような技術動向も踏まえて字幕制作支援手法を再検討するべきであると考えるに至った。新技術を活かした字幕制作支援技術の検討、および、開発団体への調査や連携についての相談などに注力し研究時間を要したため、当初予定していた、字幕制作支援技術の試作には取りかかれていない。そのため、研究目的の達成度を「(3)やや遅れている」とした。しかし、このような研究計画の見直しを行ったことで、「字幕の質を高めながら豊かな字幕表現の開拓を進め、新たな作品性が生まれるための文化的土壌を培う」という研究の大きな目標に向けて、当初想定していた以上に具体的で実現可能性が高く、また、波及効果を期待できる字幕制作支援技術の試作開発に向かうための準備を整えることができたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
2年次は、初年度に得た字幕提示技術に関する新しい動向に注視し、字幕制作への影響や効果を積極的に考慮することで、本研究が目指す「映像制作者及び字幕制作者と障害当事者の間の交流を生み出しながら、字幕制作におけるノウハウの共有と蓄積を促す」ための具体的方策の検証を進める。引き続き、映画製作者及び字幕制作者への調査を続ける。特に、音声電子透かしを使ったバリアフリー上映システムを開発した技術者やNPO法人との連携により、聴覚障害者の声を字幕制作にフィードバックし、制作者と当事者の間にどのような「情報の循環」を生み出すかを考える。 具体的には、「字幕の選択」と「見落とし字幕」の2点に注目する。「字幕の選択性」に関しては、研究代表者のこれまでの研究過程において、聴覚障害者の中でも聞こえの状態によって求める字幕の質や量(セリフ字幕や環境音字幕や音楽字幕など)が異なることがわかってきている。高齢難聴者への字幕提示を考慮すると、必要とする字幕の種類はさらに広がることが想定され、字幕を広く受け入れ易いものにするためにも必要不可欠な要素である。2年次の本研究では、匿名性を確保した上で、ユーザーがどのような映画作品や映像を鑑賞した際にどのような字幕を好んだかを自動集積し分析することで、研究成果を実際の字幕制作にフィードバックすることを実証する。また、「見落とし字幕」については、初年度調査で抽出できた、聴覚障害者が字幕を見落とした際に映像を巻き戻して見直すという特異な動作に着目し、そのような操作や動作の履歴を自動収集する方法を提案することで、聴覚障害者が見落としやすい字幕と該当シーンの特徴を分析・検討し、その有用性を検証する。 以上の予定している技術について、聴覚障害者及び字幕や映像制作者の意見や評価を適宜得ながら、その有用性や実現可能性及び波及効果を検討し、最終年度にて試作開発すべき技術を見極める。
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次年度使用額が生じた理由 |
「現在までの達成度」の欄にも記載したとおり、当該分野における新しい映画字幕提示技術の動向を鑑み、研究計画の見直しを行った。その結果、初年度で着手予定であった字幕制作支援技術の試作を行わず、映画製作者や字幕制作者および聴覚障害者への調査に時間と研究費用を要したため、次年度使用額が生じることとなった。
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次年度使用額の使用計画 |
研究の2年次も、初年度に引き続き、映画製作者や字幕制作者および聴覚障害者への調査を実施する。そのための調査費用(謝金や旅費など)を一部、次年度使用額から支出する。また、2年次は、提案する技術の実証や検証を行うため、技術の試作や開発費用、および、ユーザー評価のための試写会等開催費用や謝金などが生じる予定である。このうちの一部分を、次年度使用額から支出する計画である。また、初年度に行えなかった研究成果報告についても、次年度使用額から支出する予定である。
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