研究課題
ナルコレプシーは過眠症のひとつであり、日中の強い眠気と情動脱力発作を主徴とする。患者の脳髄液中では、神経ペプチドであるオレキシンが顕著に減少しており、患者脳では、オレキシンを産生する神経細胞(オレキシン細胞)の脱落が認められる。研究代表者は、ナルコレプシー感受性遺伝子の同定を目的として、日本人ナルコレプシー患者425名、日本人健常者1626名を対象としたゲノムワイド関連解析を行い、免疫関連遺伝子Aのプロモーター領域に位置する一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism, SNP)が、ナルコレプシーと強く関連することを明らかにした。この結果は、独立したサンプルセット(日本人患者240名、日本人健常者869名)を用いた関連解析においても再現された。さらに、ナルコレプシー患者の遺伝子Aの発現レベルは、健常者と比較して有意に低いことを見出した。遺伝子Aの代表的な機能は末梢組織での免疫応答の制御であるため、中枢における役割はあまり知られていない。そこで、遺伝子Aのノックアウトマウスを用いた研究により、遺伝子Aを持たないマウスは、炎症誘発後の暗期(覚醒期)の行動量が野生型と比較して抑制されること、また、その後の明期(睡眠期)のノンレム睡眠量が抑制されることを明らかにした。ヒトのナルコレプシーは、日中の覚醒レベルが低下すると同時に、夜間のノンレム睡眠量が低下する。今後、本実験結果をより詳細に追試および解析することで、ナルコレプシー発症のメカニズムを明らかにしていきたい。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、ゲノムワイド関連解析で見出した新規疾患感受性遺伝子Aがどうナルコレプシー発症に関与するかを明らかにすることを目標とした。まず、8週齢の野生型マウス(A+/+)と遺伝子Aノックアウトマウス(A-/-)の行動量を、赤外線センサーを用いて測定したところ、暗期(覚醒期)・明期(睡眠期)ともに顕著な違いは認められなかった。そこで次に、両マウスにLipopolysaccharide(LPS)を腹腔投与することで実験的に炎症を誘発した状態で、同様の行動測定を行った。結果、A-/-マウスのLPS投与下における暗期の行動量が、A+/+マウスよりも有意に低下していた。同様の再現性実験を何度か行ったところ、この暗期における行動量の低下は、暗期前半6時間において顕著であることがわかった。そこで、この結果をより詳細に解析するため、8週齢のマウスの頭部に脳波・筋電図測定電極を外科的手術により装着し、脳波測定を行った。測定対象は、LPS投与前24時間と投与後48時間である。まず、行動量測定で明らかになっていたのと同様に、LPS投与前の覚醒量および睡眠量(ノンレム睡眠・レム睡眠)には、野生型マウスとA-/-マウスとの間で顕著な差は認められなかった。次に、行動量測定で有意な差が認められたLPS投与直後の暗期(覚醒期)前半の覚醒量は、A-/-マウスの方が野生型マウスより少ない傾向にあったが、有意差は認められなかった。しかしながら、LPS投与後約20時間経過した時点での明期のノンレム睡眠量は、A-/-マウスの方が野生型マウスよりも有意に少なかった。以上により、遺伝子Aの機能低下が何らかの形で炎症応答下での睡眠制御に関与していることが示唆された。
第一に、ノックアウトマウスを用いた行動実験の追試を行い、今年度見出した、炎症誘発時における遺伝子Aの睡眠制御への関与を確認する。また、遺伝子Aは末梢組織で単球等の免疫細胞に発現することが知られているため、中枢ではミクログリアに発現している可能性がある。ミクログリアは損傷した細胞の除去にも関与する。ナルコレプシーにおけるオレキシン細胞の脱落に、遺伝子Aの発現するミクログリアが関与しているかどうか明らかにするため、LPS投与下のオレキシン細胞周辺にミクログリアが集積しているか、また、そのミクログリアに遺伝子Aが発現しているかを免疫染色により検討する。さらに、本研究における予備的結果として、視床下部における遺伝子Aの発現レベルがLPS投与時に減少することがわかっている。また、遺伝子Aと同じ遺伝子ファミリーに属する他の遺伝子の視床下部における発現量も、LPS投与により変化することを明らかにしている。このことを踏まえ、遺伝子Aが、ミクログリアの機能と関係なく、オレキシン細胞の生存を直接制御している可能性を検討する。例えば、LPSを投与した際、遺伝子Aの下流でアポトーシス経路が動くか、などを検討していく。
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