研究課題/領域番号 |
26870117
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
豊田 裕美 東京大学, 医学(系)研究科(研究院), 特任助教 (90637448)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | ナルコレプシー / 睡眠 / 神経免疫 |
研究実績の概要 |
ナルコレプシーは過眠症のひとつであり、日中の強い眠気と情動脱力発作を主徴とする。患者の脳髄液中では、神経ペプチドであるオレキシンが顕著に減少しており、さらに、患者脳では、オレキシンを産生する神経細胞(オレキシン細胞)の脱落が認められる。 研究代表者は、ナルコレプシー感受性遺伝子の同定を目的として、日本人ナルコレプシー患者425名、日本人健常者1626名を対象としたゲノムワイド関連解析を行い、CCR1遺伝子のプロモーター領域およびCCR3遺伝子近傍に位置する一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism, SNP)が、ナルコレプシーと強く関連することを明らかにした(Toyoda et al 2015)。この結果は、独立したサンプルセット(日本人患者240名、日本人健常者869名)を用いた関連解析においても再現された。さらに、ナルコレプシー患者のCCR1およびCCR3の発現レベルは、健常者と比較して有意に低いことを見出した。 CCR遺伝子の代表的な機能は末梢組織での免疫応答の制御であるため、中枢における役割はあまり知られていない。そこで、本研究では、CCR3遺伝子がナルコレプシー発症にどう寄与するかを知るため、Ccr3ノックアウトマウス(Ccr3-/-マウス)を用いた動物実験を行った。Ccr3-/-マウスの脳波を測定したところ、明期(睡眠期)における睡眠覚醒パターンが、同胞野生型マウスとは異なり、睡眠の断片化を示唆する結果となった。 ヒトのナルコレプシーは、日中の覚醒レベルが低下すると同時に、夜間のノンレム睡眠量が低下し、睡眠が断片化する。本研究で見出したCcr3-/-の表現型はこれに類似している。今後、本実験結果をより詳細に追試および解析することで、ナルコレプシー発症のメカニズムを明らかにしていきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、ゲノムワイド関連解析で見出した新規ナルコレプシー感受性遺伝子のひとつであるCCR3が、ナルコレプシー発症にどのように関与するかを明らかにすることを目的とし、動物実験に重点を置いた。 8週齢のCcr3-/-マウスおよび野生型マウスの頭部に、脳波・筋電図測定電極を外科的手術により装着し、脳波測定を行うことにより、Ccr3遺伝子の睡眠覚醒パターンへの寄与を検討した。各マウスの覚醒量・レム睡眠量・ノンレム睡眠量を定量したところ、明期(睡眠期)におけるCcr3-/-の覚醒睡眠パターンが、野生型マウスと比較して異なることがわかった。野生型マウスと比較し、Ccr3-/-マウスの明期全体におけるノンレム睡眠時間の割合は有意に少なく、覚醒時間の割合は有意に多かった。さらに、明期の睡眠構造を解析したところ、1回のノンレム睡眠の持続時間は、野生型マウスよりCcr3-/-マウスの方が有意に短く、覚醒回数はCcr3-/-マウスの方が有意に多かった。 さらに、両マウスにLipopolysaccharide(LPS)を腹腔投与することで実験的に炎症を誘発した状態で、同様の脳波測定を行った。結果、野生型マウスと比較したCcr3-/-マウスのノンレム睡眠時間の割合は、LPS投与前よりもさらに少なくなり、覚醒時間の割合はさらに多くなった。ところが、LPS投与前に認められた睡眠構造の断片化については、同様の傾向は認められたものの、有意な差は認められなかった。このことから、炎症応答とは関係なく、Ccr3-/-マウスは野生型マウスよりも睡眠が断片化していると考えられる。 以上により、本年度は、CCR3遺伝子が何らかの形で睡眠覚醒制御に関与し、CCR3遺伝子の機能低下により睡眠が断片化することを見出した。CCR3遺伝子は免疫応答において重要な役割を持つため、研究開始前は、免疫応答を介して睡眠制御に関与すると考えていたが、本年度の研究により、CCR3遺伝子はより直接的に睡眠制御に関与する可能性が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、本年度の研究により見出したCcr3-/-マウスの睡眠覚醒パターンの異常の分子メカニズムを明らかにすることを目標とする。 第一に、Ccr3-/-マウスの睡眠覚醒パターンの異常が、オレキシンの減少やオレキシン細胞の機能低下によるものであるかどうか検討する。具体的には、Ccr3-/-マウスの視床下部を用いて、オレキシンmRNA量またはオレキシンペプチド量の減少が認められるかをRTPCRまたはELISAにより検討する。また、Ccr3-/-マウスにオレキシン細胞の活動度の低下が認められるかを免疫染色により検討する。 また、Ccr3は末梢組織で単球等の免疫細胞に発現することが知られていることから、中枢ではミクログリアに発現している可能性があるため、免疫染色により確認する。ミクログリアは損傷した細胞の除去に関与する。ナルコレプシーにおけるオレキシン細胞の脱落に、Ccr3の発現するミクログリアが関与しているかどうか明らかにするため、人工的にオレキシン細胞を脱落させたナルコレプシーモデルマウスの視床下部を免疫染色し、減少中のオレキシン細胞の周辺領域にCcr3陽性のミクログリアの集積が認められるかどうか検討する。 さらに、本年度の研究結果を踏まえ、Ccr3が、ミクログリア等を介した免疫応答とは関係なく、睡眠覚醒を直接制御している可能性についても検討する。Ccr3遺伝子の中枢神経系での機能はほとんど知られていない。さらに、予備実験として、既知の睡眠覚醒制御関連遺伝子をターゲットとしたRTPCRを行ったが、Ccr3-/-マウスと野生型マウスで顕著に発現差のあるものは認められなかった。そのため、まず、Ccr3-/-マウスと野生型マウスの視床下部を用いてマイクロアレイを行い、発現レベルに差異のある遺伝子を探索する。
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次年度使用額が生じた理由 |
脳波測定システムの一部を他研究者と共有することができるようになり、当初予定していた備品の一部の購入が不必要になったため、未使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
まずは、本年度の成果の分子メカニズムの検討に重点を置いた実験に使用する。主には、「今後の研究の推進方策」で述べた実験で用いる試薬(RNA抽出試薬、RTPCRで用いる酵素、ペプチド抽出に用いる試薬、ELISAのキット、免疫染色用の脳試料作製のための試薬、免疫染色で用いる抗体など)の購入のために使用する。また、マイクロアレイは共同研究先の施設で行うため、外注するより安価な額で実行できるが、関連する試薬購入にも予算を使用する。 また、最終年度であるため、研究成果をまとめ、論文発表および国内外の学会での発表を積極的に行う。
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