黒川能の謡本に関しては、中央の観世流や宝生流の謡本を朱で訂正して用いられていることが指摘されてきたが、昭和42年以降、謡本に関するまとまった調査はなされず、謡本の保管、使用状況についての詳細は明らかになっていなかった。研究者は黒川に保管される謡本の種類と年代を辿り、変遷を明らかにした。黒川能の謡の本文の固定化には、昔ながらの伝承を保つ黒川能の姿を求める外部からの視線の影響が見られる。同時に、黒川内部における伝承形態や方法が変化する過程で謡の統一に対する希求が高まったことが、謡本の変遷に影響した。一方で、実際の伝承と記譜の間には「記されない」表現が見られることも指摘した。
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