研究実績の概要 |
内耳蝸牛の機能は聴覚に必須である。この器官を満たす「内リンパ液」は、+80 mVの高電位と150 mMの高K+濃度を示す特殊な細胞外液である。内リンパ液高電位が失われると難聴が惹起される。本課題では、この高電位の成立機構の統合的理解を目指した基礎研究を計画する。高電位は、内・外2層の上皮層から成る「血管条」のK+輸送やそれに立脚する電位・イオン濃度動態に依存することが、所属研究室の実験と数理計算により強く示唆されている。その中で、外層のイオン・電位環境の維持が不可欠であると予想されているが、その成立機構は謎である。そこで本研究では、実験的手法と理論的アプローチを用いて、外層の環境の成立機構と機能的役割を解析する。本研究では、実験と計算科学を駆使し、内リンパ液高電位を支える血管条外層の電位(+5 mV)の維持機構の解明を目的とした。 申請者のグループは、in vivo実験系で薬物を用いた電気生理学的手法により、外層基底側膜に発現するNa+,K+-ATPaseの寄与について研究を行い、内リンパ液高電位とK+循環への寄与を明らかにした。具体的には、Na+,K+-ATPaseの阻害薬であるウアバインを投与し、外層基底側膜のK+濃度が低下することを確認できた。さらに、同部位におけるNKCCの役割を、NKCC選択的阻害薬を用いて検証した。その結果、外層基底側膜のK+濃度は、阻害薬の投与後も低下を認めず、これまでK+循環や内リンパ電位に関係すると考えられて来たNKCCが、実際には殆ど寄与していないことが実験により明らかとなった。 さらに、この結果を元に数理モデルの改変を行い、Na+,K+-ATPaseの一方を阻害した場合に、膜電位の変化が生じるモデルの構築に成功した。
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