本研究は、記憶更新の分子・神経基盤の解明を目的とする。このために、神経回路の全接続(コネクトーム)が明らかになっている線虫C. elegansにおける温度走性行動の可塑性を指標とし、順遺伝学的スクリーニングと変異体の解析を行っている。温度走性とは、線虫が餌の存在と環境の温度を関連させて学習し、餌のない温度勾配上において過去の飼育温度へと移動する行動である。この温度走性行動は可塑的であり、飼育温度を変化させると線虫は3時間ほどで新しい飼育温度を嗜好する。 前年度までに、BKタイプのカリウムチャネルをコードするslo-2遺伝子の機能獲得変異によって、温度走性行動の切り替えが遅くなることを見出した。また、slo-2が主要な温度受容細胞であるAFD感覚神経細胞において機能獲得することで、温度走性行動の切り替えが遅くなることを明らかにした。さらに、抑圧変異体の遺伝学的スクリーニングから、ある環状ヌクレオチド作動性チャネルの変異が、slo-2機能獲得変異株における温度走性行動の切り替えが遅い表現型を抑圧することを見出した。 本年度はまず、生理研・久保義弘研究室との共同研究により、上記スクリーニングで得られた機能獲得型のSLO-2チャネルが、実際に野生型よりも大きいコンダクタンスを持つことをパッチクランプ法によって明らかにした。また、slo-2とともに、もう一つのBKチャネルをコードする遺伝子slo-1を欠損する線虫株では、slo-2機能獲得変異株とは逆に、飼育温度変化時の行動の切り替えが野生型よりも速くなることを見出した。さらに、slo-2のヒトにおける相同遺伝子であるKCNT1の機能獲得変異はある種のてんかんの原因であるが、てんかん患者で見られるKCNT1のアミノ酸置換を線虫SLO-2の相同なアミノ酸に導入したところ、変異型のSLO-2は野生型よりも線虫の行動の切り替えをより遅延させた。
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