本年度は研究の総括年度として、これまでの研究蓄積をドイツ思想史にどのように位置づけるかについて検討を進めた。ガルヴェの社会思想および道徳哲学の分析、メーザーの「理論と実践」におけるカント批判の構造の解明、カントの道徳哲学に理論的に立脚したフィヒテのフランス革命論、ゲンツによるバークの翻訳とフランス革命批判、さらにはフリードリヒ2世の道徳哲学と啓蒙観の分析などによって、18世紀後半から19世紀初頭のドイツ思想史は、社会思想史的文脈ともいいうる、これまでの通史的理解を相対化する展開をみせたことが判明した。この過程でとりわけ重要なのは、フランス革命及びその後のナポレオン体制のドイツへの甚大な影響であり、その思想空間の動態を捉えるにあたっては「公論」と「祖国愛」がキーワードとなるものと考えられる。啓蒙期のメディア研究が明らかにしてきた公共圏の活性化は、公論への思想家の一定の信頼とも整合的であるが、革命以降、そうした信頼は一方で動揺を見せた。それは、たとえばゲンツの革命批判に内在する世論と民衆への視線に表れ、あるいは「祖国愛」を提唱するに至るフィヒテの教育観にも滲んでいる。18世紀後半から19世紀初頭のドイツ圏に関し、以上で開拓した視野をベースに、さらに多くの思想家・作家の言説を分析することによって、ドイツ思想史の社会思想史的文脈は、よりいっそう具体化されるものと思われるので、本研究課題で得られた成果を今後の研究展開に十分に生かしたいと考えている。
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