本研究は,単体としての歴史的建造物及びアンサンブルな総体としての歴史地区を保全する歴史的環境保全制度を対象に,その保全効果について,歴史的環境の諸特性,歴史的環境保全制度による規制状況や地区指定状況の変遷に関する空間データと,リピートセールスサンプルの不動産データの情報を組み合わせることで,遺産効果(Heritage Effect)と政策効果(Policy Effect)を識別して空間計量化する方法論を開発した.また,この方法論を基礎に,効果の地域差やその要因を明らかにするための空間統計学を応用した評価フレームを構築した.その上で,米国の都市を取り上げて,規制内容や保全地区の指定箇所・範囲など,これまで科学的裏付けの乏しかった歴史的環境保全に対する政策的関与の妥当性や保全方策の有効性を実証的かつ定量的に検証し,今後の保全戦略に向けた望ましい制度設計を提案するための定量的指針を提示した. 具体的には,米国南部の代表都市であるアトランタを対象に,連邦政府が登録する国家歴史登録財と地方政府が登録する地方政府登録財による2種類の歴史地区登録が,不動産価格に及ぼすインパクト(政策効果)を,空間的混合モデルによるリピートセールスヘドニックモデルで推定した.なお,2000-2010年の11年間にわたる2種類の歴史地区の指定状況の変遷を区画レベルで詳細に把握し,GISデータ化した上で,住宅取引価格データや住宅属性データなどの空間データと結合することで,クロスセクショナルなデータセットを独自に構築している.また,複数回取引のあるデータを抽出して,リピートセールスデータセットも構築している.その結果,地方政府登録財の周辺域で価格プレミアムが生じている一方で,国家歴史登録財の歴史地区内では,価格ディスカウントが生じていることなどを明らかにした.
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