平成28年度の研究は主に、申請者が2014年に提唱した、代数多様体のモジュライの「トロピカル幾何学的コンパクト化」の理論(arXiv:1406.7772)を深化することに割かれた.モジュライ空間そのものは複素解析空間であるが、それにまったく様子の異なるトロピカル幾何学的な空間を境界として貼り合わせたコンパクト化を、微分幾何的手法によって構成してそれを詳細に調べるのである.この研究はもちろん代数多様体のモジュライ空間そのものの研究として興味深いだけではなく、代数多様体の上の特殊計量を利用していることから、その計量への新しい視点並びに幾何学的ミラー対称性との関連の観点からも大きな意義があると予測される.それと同時にモジュライ空間(とりわけそれをコンパクト化する際の境界)を記述する組み合わせ論的構造を明らかにするという意義や非アルキメデス幾何学との関連を示すという意義もある.当書類を書いている現在(2017年4月)、その発展させた版の論文が準備中なので事細かに詳細は述べにくいところがあるが、点列にそっての極限のうち何が代数的・正則的な退化としてあらわれるかの具体的決定とその微妙な構造を突き止め、同時にMorgan-Shalenコンパクト化との関連に気がついた。それを進化させつつの形で、大島芳樹氏との共同研究がはじまり、特にあまり代数幾何において注目されることのなかった佐竹一郎によるコンパクト化(いわゆるBaily-Borelとは異なる)との驚くべき対応が示され、手に負えないと思っていたK3曲面の場合のトロピカル幾何学的コンパクト化の構造において飛躍的に研究が進展した.
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