近年、炎症・神経因性疼痛・術後性疼痛などによる安静睡眠の障害が報告されたことから、それらの感覚変調も睡眠時の顎運動活性に影響を与える可能性が示された。そこで我々は、ラットの術後期間の違いが安静覚醒時や安静睡眠時の開口反射活性に与える影響を検討した。また、睡眠時の顎運動活性調節にかかわるグリシン神経機構の責任領域の同定も併せて行った。SD系雄性ラットに、イソフルラン全身麻酔下で心電図、筋電図、脳波、眼電図採取用電極、ならびに刺激用電極を埋入した。脳内への薬物投与群に対しては両側三叉神経運動核顎二腹筋領域にガイドカニューレを植立した。術後7日、13日に観察用ケージに入れ、データ計測用ケーブルをコネクタブロックに取り付け、観察・記録を行った。生理学的指標は、5秒epochで解析しスコア化した。安静覚醒時にオトガイ舌筋に電気刺激を加え、3回以上顎二腹筋活動を発現させる刺激強度を開口反射誘発閾値(TH)とし、THならびに誘発された顎二腹筋活動の詳細を5分間隔で3回計測した。その後、自発睡眠下と、その後の覚醒時のTHを同様に求めた。薬物投与群には、更にグリシンを投与し同様の検討を行い、対照としてsaline投与を行った群との比較を行った。 この結果から術後性障害は睡眠障害のみならず、睡眠中の顎運動活性にも一過性の可塑性変化を与えることが示された。また、グリシンの脳内投与は同薬を全身投与した際と比較して、開口反射活性をより強く上昇させたことから、三叉神経運動核顎二腹筋領域のグリシン受容体が睡眠時の顎運動活性の調節に積極的に関与していることも示された。しかしながら、グリシンの脳内投与は睡眠潜時や脳波分布には大きな変化を及ぼさなかった。このことは、睡眠の質に関与する神経回路を構成する三叉神経運動核を含む神経核が相互補完的に機能することで、恒常性が保たれている可能性が示唆された。
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