本研究は、下記の3点を考察の軸として、アイヌ民族の近現代思想史の全体像に迫ることを目標とした。1)近現代におけるアイヌ思想史の系譜構築、2)アイヌ近現代思想史の日本思想史研究上の意義、3)世界規模の思想課題としてのアイヌ近現代思想史。その具体的内容は以下の通りである。1)戦間期世代をはじめ、戦時・戦後世代のアイヌの著述家たちまで、それぞれの作品に共通してある「近代」という過程がいかなる射程において直面されているのかを追求し、アイヌの近現代思想史の営みを引き出していく。2)竹内好は部落問題を「特殊な問題」としてではなく、「日本の問題を考える上でどうしても抜かしてはならぬカナメの部分」と書いた。日本及び近代において周辺化されてきた人々の立場からそれらを相対化するという意味ではなく、周辺化された位置こそが日本及びその近代そのものを構成しているという意味だった。日本近現代思想史研究において軽視されてきたアイヌの著述家や知識人の知的作業が日本における「近代」を考える上でどうしても抜かしてはならないという事実を示していく。3)近代的権力の連接の決定的な地点において生産されてきた人々同士の間に存在する、ある絡み合いを示しているものとして、自らが周縁化された存在として近代世界に組み込まれているのだという感覚が挙げられる。世界各国において、このような経験に対する考察は黒人思想史、ユダヤ思想史、その他のマイノリティ研究やポストコロニアル研究として展開されてきた。こうした海外の研究状況と結びつけることで、本研究はアイヌ研究から世界に提示できる思想の課題を追求していく。26年度では、書籍などからの基礎的情報と研究上に必要なIT関連機器の補充的整備や、研究対象となる著述家の自筆原稿などの資料調査を行い、27年度では、さらに資料調査を重ね、論文の出版や研究成果の発表を行なった。
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