我々は以前の研究でヒト膵癌細胞株PANC-1を免疫不全マウスの脾内に移植し、その後形成された肺転移巣から新たな細胞株PANC-lungを樹立した。マイクロアレイにより遺伝子発現の違いを網羅的に調べたところ、長鎖非コードRNAの一つであるH19がPANC-lung細胞において高発現していることが判明した。ヒト膵癌組織におけるH19発現をin situ hybridizationで調べたところ、浸潤性膵管癌では一部の症例でH19の強い発現を認め、分化度が低くなるのに従いH19発現率が上昇した。そこでH19を過剰に発現するPANC-1細胞を作製したところ、コントロール細胞と比べて細胞遊走能及びSphere形成能が亢進した。一方で、H19発現をノックダウンしたPANC-1細胞やPANC-lung細胞は遊走能が低下し、Sphere形成率は低下した。またPANC-1細胞由来のSphere形成細胞におけるH19発現はnon-sphere細胞よりも有意に高かった。さらにH19ノックダウン細胞を免疫不全マウスの尾静脈から注入したところ、コントロール細胞に比べ肝転移形成能が低く、また肝臓への直接移植実験においても腫瘍形成能が低いことが示された。H19ノックダウン細胞とコントロール細胞の遺伝子発現の違いをマイクロアレイで検出し、Ingenuity Pathway Analysis softwareで解析したところ、細胞間相互作用や細胞形態に関わる遺伝子に変化があることが示された。PANC-1細胞におけるH19発現を上昇あるいは低下させるとmiR-675-3pとmiR-675-5pの発現も変動したことから、これらmicroRNAが作用機序に関わっていることが示唆される。このようにヒト膵癌において長鎖非コードRNA H19は遊走や転移に重要な役割を果たしており、新しい治療標的になる可能性がある。
|