審美的評価は、他者の意見や与えられたコンテクストなど、判断対象がおかれた文脈から影響をうける。これを審美的文脈効果とよぶ。本研究課題では、情動情報を文脈要素とし、審美的評価における文脈効果の生起に関係する脳内機構の解明を目的とした。 ①審美的文脈効果の行動実験 人物の写真を実験刺激として、そのシーンの審美的評価をおこなった。その際、人物の感情を判定(嬉しい、中立、悲しいをボタン押し回答)した後に審美的評価をおこなう条件と、情動判定なしで審美的評価をおこなう条件とで、審美的評価に差がみられるかしらべた。その結果、情動判定あり条件では、同じ写真刺激でも情動判定なし条件と比較して審美的評価が増加することがわかった。しかし、情動判定条件で中立と判定された刺激では、そのような効果はみられなかった。感情価の高い情動によってのみ審美的評価が増強されることが示された。 ②審美的文脈効果の脳活動 審美的評価に文脈効果が生じる際の脳活動を、機能的MRIを用いてしらべた。実験デザインは行動実験と同様であった。その結果、1)情動判定なし条件では、審美的評価の際に内側眼窩前頭皮質が活動すること、2)情動情報が付加された場合、眼窩前頭皮質に加えて他者の感情の理解に関係する脳部位が働くこと、さらに、3)特に他者の感情や考えの推察に役割のある側頭頭頂接合部と、眼窩前頭皮質との間の機能結合が強まることがわかった。審美判断に重要な役割があると考えられている眼窩前頭皮質の活動が、側頭頭頂接合部から修飾を受け、それが文脈効果の神経的基盤となっていることが示唆される。 審美はきわめて主観的かつ個人的体験であるが、同時に他者や文脈といった周囲の社会的環境によって動的に形成される。審美判断に関係する脳部位(眼窩前頭皮質)と社会認知に関わる脳部位(側頭頭頂接合部)とが協働することで、柔軟な感性判断が実現されていると考えられる。
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