味覚障害とは味覚低下や自発性異常味覚などの症状を呈する感覚障害である。味覚障害は健全な食生活の維持を困難にし、二次的に様々な疾病を誘発するため、大きな健康問題となっている。味覚障害の主な原因は亜鉛欠乏だと考えられているが、味覚細胞において細胞内へ亜鉛を流入する分子は未同定であり、分子レベルにおける味覚障害発症機序は未だ解明されていない。そこで本研究では、味覚細胞における亜鉛流入を直接観察し、亜鉛流入分子を同定することを第一の研究目標として設定した。味覚細胞の亜鉛流入分子を同定することにより、薬剤誘発性味覚障害の分子機構や、原因不明である特発性味覚障害の発症機序の解明を目指す。本研究の成果は、味感知や細胞増殖といった味覚細胞の機能と細胞内亜鉛濃度の関連を解明する端緒にも成り得ると考えられる。 平成27年度は、平成26年度に作成した細胞内亜鉛流入測定系を用いて亜鉛流入を阻害する薬物の探索を行った。しかし予測以上にSN比が低く、亜鉛流入阻害作用について定量的に測定することが困難であった。そこで、亜鉛流入を抑制することにより味覚障害を起こすことが既に報告されている薬物(カプトプリル)の作用機序を明らかにすることに焦点を当てて研究を行った。亜鉛感受性を有するTRPA1チャネルを発現する細胞(TRPA1強制発現HEK293およびIL-1alpha刺激滑膜線維芽細胞)と味覚障害改善作用を有する亜鉛含有薬剤ポラプレジンクを用いた亜鉛測定系を構築した。ポラプレジンクはTRPA1チャネルの活性化を介した細胞内Ca2+濃度上昇を示し、硫酸亜鉛とほぼ同程度の濃度依存性を示した。また亜鉛とキレートを形成することにより亜鉛流入を抑制すると報告されているカプトプリルは、ポラプレジンク誘発細胞内Ca2+濃度上昇をほぼ抑制しなかった。つまり、カプトプリルによる亜鉛流入抑制は、亜鉛とのキレート形成作用以外の機序に由来している可能性が示唆された。
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