我々は、家族性の統合失調症のうちで最も頻度の高い22q11.2欠失症候群の責任領域に存在するmiRNAの生合成に不可欠なDGCR8遺伝子に着目し、Dgcr8遺伝子欠損マウスを作成し解析を進めてきた。その結果、Dgcr8遺伝子へテロ欠損マウスは、海馬に内在する成体神経幹細胞の自己分泌型増殖因子であるIGF2の発現低下により、神経新生と認知機能の低下を引き起こす、有用な統合失調症モデルマウスであることを明らかにしてきた。 本研究は海馬に内在する成体神経幹細胞における遺伝子発現、エピジェネティック制御に着目し、統合失調症などの認知機能の障害を伴う精神疾患の病態におけるその状態変化と、その分子機構を解明することで、脳の恒常性維持機構と認知機能形成、およびその障害における分子機構を明らかにすることを目的とした。 我々の同定したIGF2は、“刷り込み遺伝子”として有名な分子であり、IGF2遺伝子の発現は父性のゲノムの発現制御領域(ICR)がメチル化されることにより父性アレルのみが発現することが知られている。またIGF2 は統合失調症の発症との関連性が指摘されていた。そこで本マウス海馬におけるDNAメチル化状態をCpG Island microarray及び、Bisulfite sequence法を用いて解析を行った。その結果、Dgcr8(+/-)マウス海馬では、IGF2 遺伝子を含む数多くの遺伝子でCpG islandにおけるDNAメチル化状態に変動が起きていることが明らかとなった。またIGF2-H19 ICR領域のCTCF結合領域に顕著な低メチル化が起きていることが明らかとなった。 以上の結果からDgcr8ヘテロ欠損型統合失調症モデルマウスの海馬では,DNAメチル化制御異常によってIGF2の発現が低下し、成体神経幹細胞の増殖、神経新生を低下させることで認知機能形成の低下を引き起こしている可能性が示唆された。
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