今年度は、讃岐平野のため池の農業水利慣行の変容プロセスを中心に分析を行った。香川用水の通水以降、讃岐平野のため池は香川用水からの補給水を受けられるようになり、農業水利慣行が大きく変容したが、この制度変化について、オストロム(Ostrom 1990)の枠組みを援用し、その合理性を検討した。当時の讃岐平野の農家にとって、従来の農業水利慣行を廃止して香川用水からの補給水への依存度を高めることは、ため池の水管理労力を節約することを意味し、これが制度変化の便益として認識されていたと考えられる。その一方で、農業水利慣行を廃止することによって、渇水時の農作物被害が大きくなる可能性がある。しかし、当時の農家は香川用水の通水によって、将来に渇水が起こる確率がきわめて小さくなると認識していたことから、農業水利慣行の廃止に伴う費用が小さく見積もられる結果となった。結果として、農業水利慣行の廃止に伴う将来の便益が費用を上回り、合理的な意思決定の結果として讃岐平野の農業水利慣行の制度変化が生じたと考えることができる。しかし、現実には1994年に異常渇水が発生し、農業水利慣行が一時的に復活したことで、農作物被害の発生を低減させることができた。このように考えると、合理的な意思決定の結果であったとしても、不測の事態に効果を発揮する農業水利慣行の価値について再考することが必要である。この点に関して、讃岐平野の住民を対象としてアンケート調査も行い、農業水利慣行に関する知識とため池の多面的機能に対する価値認識の関係性について分析した。
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