ヨーロッパでは近年、子どもに対する性的虐待の暴力性が改めて認識され、性的虐待防止を目的とした様々な教育プログラムが進められている。だが、多文化社会の中で、その内容をいかに子どもの文化的・宗教的多様性に配慮したものとするかは重要な課題であるにもかかわらず、未だ研究が進んでいない。本研究は、この点を複数のヨーロッパ諸国の経験と課題から解明するため、特にこれらの国の移民家庭とその子どもを対象として、かれらの視点から性的虐待・暴力の問題を捉えることを目的としたものであった。 最終年度は、これまで実施してきた調査の振り返りをしたうえで、改めて性的虐待を含む「子ども虐待」を社会問題の構築という点から捉えなおし、この課題を多文化社会の移民コミュニティにおいて明らかにしようとすることの難しさを確認した。とりわけ重要な問題として浮上したのが、移民たちの文化圏や宗教コミュニティ内における調査において、性的虐待や暴力問題の捉え方について問うこと自体の是非である。近年のポピュリスト台頭による移民排斥の言説によって、移民のコミュニティにとっては、このような問いかけが「他者」からなされることもまた、自らのコミュニティの排除や差別を正当化するものになりかねないという懸念が示される場面があった。最終的には研究者がフィールドにおいて培ってきた信頼関係のもとで、本研究の目的がインフォーマントに理解され、実りある調査が可能となったものの、本研究を通じて明らかになったこれらの諸点は、性的虐待や性暴力という問題、あるいはそれらを防止するという活動をめぐるポリティクスを再認識する重要な契機となった。この点もまた、本研究を通じて明らかにしえた意義として捉えることが可能だろう。
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