本研究は、赤外・近赤外分光法と量子化学計算法を用いて、水素結合の形成および溶媒の存在が分子振動の倍音の振動数と吸収強度に与える影響を明らかにすることが目的である。平成27年度は(1)溶媒依存性の実験による検証とこれを再現する量子化学計算モデルの検討、(2)倍音の吸収強度の増減に関わる要素の検討の2点に取り組んだ。 (1)では、メタノール、2-メチル-2-プロパノール等のOH伸縮振動と、ピロール、7-アザインドール等のNH伸縮振動について溶媒依存を調べた。その結果、第一倍音の振動数と吸収強度は溶媒によって異なった。この違いを溶媒パラメータの一つである比誘電率との相関を検討した。その結果、比誘電率の大きい溶媒ほど第一倍音の振動数は低波数に観測される傾向が見られた。さらに、溶媒の比誘電率の増加に対して、第一倍音の吸収強度の変化には増大する場合と減少する場合が見られた。これらの変化について水素結合モデルと連続誘電体モデルによる量子化学計算の結果と比較した。その結果、溶媒の比誘電率の増大に依存して第一倍音の吸収強度が増大する場合は 連続誘電体モデルで再現できた。これに対して、溶媒の比誘電率の増大に依存して第一倍音の吸収強度が増大する場合は水素結合形成と連続誘電体場の複合作用として解釈できた。 (2)では、水素結合形成と溶媒依存の実験結果と量子化学計算の結果を踏まえて、分子間相互作用に伴う倍音の吸収強度の増減の要因を検討した。振動数の低波数シフトに伴う吸収強度の増大と減少は振動ポテンシャルの非調和性と双極子モーメント関数の傾きによって解釈できた。吸収強度の変化には特に双極子モーメント関数の変化が重要であり、その傾きの増加が微かな間は吸収強度が増大するが、傾きの増加が大きくなると吸収強度が減少することが分かった。
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