中枢神経系において、抑制性神経伝達は興奮性神経伝達とともに必要不可欠な働きである。しかし、抑制性シナプスに関連した分子群がどのような時系列で集積し、機能的な抑制性シナプスを編成するのか、という神経回路構築の基本原理は今なお十分明らかになっていないことから、抑制性神経伝達物質受容体とその関連分子に着目し、それらの時空間的ダイナミクスを検討した。 マウス脊髄由来の培養神経細胞においてグリシン受容体を可視化し、その足場タンパク質であるゲフィリンとの時空間的動態を比較検討した。すると、およそ1時間の経時観察において、いずれの分子も樹状突起上において移動性が認められた。しかし、グリシン受容体に比べてゲフィリンの空間的変化は非常に限局されており、少なくとも1時間以内にはゲフィリンクラスターの消失と出現は認められなかった。一方、グリシン受容体クラスターは1時間以内においても出現と消失が生じ、ゲフィリンよりも高い移動性をもつことが示唆された。また、グリシン受容体はゲフィリンクラスターのない突起上で高い側方移動も認められた。次に、グリシン受容体の活性化に伴うそれら分子の局在変化を検討したところ、活性化群ではシナプスにおけるグリシン受容体の側方拡散が有意に低下しており、より安定的なクラスターを形成していることが示唆された。また、この安定性は受容体の活性化を1時間阻害しても維持されているが、48時間阻害すると、再び安定性が低下し、側方拡散が上昇するという結果であった。一方、ゲフィリンはグリシン受容体の活性化に非依存的にクラスター形成することが示唆された。このように、グリシン受容体とゲフィリンの移動性は異なっており、本研究における一連の結果から、これら分子の相互作用は樹状突起上の移動中よりもシナプス局在において重要であると考えられる。
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