イタリア・フィレンツェに現存する壁画作品の多くは、1966年に発生したアルノ川大洪水により塩害をはじめとする深刻な被害を受けた。これらの解決策として広く採用されたのが「ストラッポ法」および「スタッコ法」と呼ばれる保存修復方法であり、その結果、壁画は形を変えパネル支持体上に置き換えられることとなった。 本研究では、パネル保存型壁画にみられる損傷原因を追及するとともに、適した保存修復方法の検討ならびに保存管理環境の確立を目的に研究を進めた。 その結果、主たる損傷原因については、壁画が壁から剥がされることで著しく耐久性を損なうことや、パネル上に置き換えられる際に用いられる接着剤の経年劣化による弊害を受けることなどが明らかとなった。保存修復方法については、溶剤等を用いたクリーニング作業時において、新支持体設置時に用いられた接着剤への影響が懸念されてきた。しかし、今回の研究によって、蒸留水などを用いて壁画層を飽和状態にすることで、溶剤の内部への浸透を防ぎ、作品表層面でのみ反応させることが可能であることが分かった。保存管理環境としては、先にも述べたように、新支持体接着時に使用された材料の経年劣化速度が温湿度の影響を受けることで早まることから通気性を確保し、定期的な専門家によるコンディションチェックが重要であることが分かった。 今後は、パネル保存型壁画における保存修復から維持管理に至るまでの一連の流れをマニュアル化し、今後増え続けることが予測される修復処置をより安全かつ円滑に進められるよう研究を継続してゆきたい。
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