研究課題/領域番号 |
26884007
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研究機関 | 秋田大学 |
研究代表者 |
平田 未季 秋田大学, 学内共同利用施設等, 助教 (50734919)
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研究期間 (年度) |
2014-08-29 – 2016-03-31
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キーワード | 認知言語学 / 共同注意 / 直示 / 空間認知 / 指示詞 |
研究実績の概要 |
これまで指示詞の意味は対話参加者の位置を基点とする空間情報によって記述されることが前提とされてきたが、Max Planck心理言語学研究所の認知人類学研究グループに所属する研究者達は世界的な規模でフィールドワークを行い、それによって得られた自発的な相互行為場面のデータを詳細に検証することで、共同注意、聞き手の注意という新たな記述概念を用いた指示詞分析の枠組みを構築した。 本研究は、彼らの枠組みを用いて日本語指示詞を再分析することを目標とする。平成26年度は成人、幼児を含む日本語母語話者同士の相互行為場面をビデオ録画し、分析のためのデータを収集した。その結果、英語指示詞thatと同様に空間情報を持たない「無標の指示形式」であるコ系は注意喚起語として、発話場面における対象の位置を考慮せずに選択されることが明らかになった。また、収集したデータの分析に基づき、コ系とは異なり、空間情報を持つア系、聞き手の注意の状態に関する情報をコード化するソ系は、コ系と比べ指示領域が狭く、使用される文脈に制限があることを示した。 さらに、通時的資料に基づいて、日本語指示詞体系の原型は「無標の指示形式」であるコ系と聞き手の注意の状態に関する情報をコード化するソ系による2項対立であり、本来日本語指示詞は空間情報を含んでいなかったこと、空間情報はより効率的に共同注意を確立するために聞き手にさらなるヒントを与えるべく指示詞体系に加えられていった情報であることも論じた。この分析成果は、指示詞において空間定位は二次的な機能であるとする認知人類学研究グループの研究成果と一致する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以下の通り、日本語母語話者間の自発的な相互行為場面をビデオ録画した映像データと、それを書きおこした文字化データを収集した。 (1) 子ども(6か月~1歳4か月)と保護者の相互行為場面(週1回30分×40週) (2) 大学生の2泊3日の旅行における様々な談話場面(計150分) (3) 観光ガイドが複数の聴衆に対し説明をしながら町の中を案内する場面(計180分)
(1)のデータをもとに、尺度推意理論を用いて、習得におけるア系に対するコ系の優位性を論じた論文を学術誌に公表した。また、(2), (3)のデータを用いて、実際の使用における指示詞の質的素性の偏りを分析し、関連学会で発表した。また、(1)-(3)のデータ、及び平成26年度以前に収集したデータを用いて、Max Planck心理言語学研究所の認知人類学研究グループに所属する研究者達が提示した注意概念と推意理論を用いた枠組みによって日本語指示詞の直示素性を再分析し、それを平成26年度博士論文として公表した。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度は、平成26年度に引き続き、データ収集を進めるとともに、指示詞の直示用法に関するこれまでの研究成果に基づいて、指示詞の質的素性や、非直示用法の分析を進める。これらの成果を国内外に公表し、Max Planck心理言語学研究所の認知人類学研究グループによる一連の研究が構築した指示詞分析の枠組みの説明範囲を広げ、その理論的な発展に貢献することを目標とする。 日本語指示詞研究は佐久間 (1936) 以来数多くの記述的研究が行われており、個々の形式に関する興味深い事実がいくつも明らかにされている。特に先行する談話内の言語的対象を指す非直示用法の研究は数多く、様々な言語的文脈で各系列が果たす機能が詳細に記述されている。本研究では、平成26年度に発表した指示詞が用いられる発話場面の詳細な観察により得られた分析の枠組みを用いて、日本語指示詞の非直示用法を記述することを目指す。 Max Planck心理言語学研究所の認知人類学研究グループによる一連の指示詞研究は、共同注意や注意など指示詞の直示用法を記述する新たな概念を提示したものの、それが非直示用法でどのように解釈されるかという具体的な分析については、今後の課題としている。 日本語指示詞研究の豊かな記述的伝統を、注意、尺度推意という言語普遍的な理論を用いて捉えなおすことは、日本語指示詞研究を大きく前進させるとともに、彼らが提示した言語類型論的な指示詞分析の枠組みの説明範囲を拡張し、理論的に発展させることにつながると考えられる。
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