本研究は、主にMax Planck心理言語学研究所の認知人類学研究グループによって提案された、共同注意という認知心理学的な概念を用いた指示詞分析の枠組みにより日本語指示詞の意味機能を再検討することを目的とする。 目的達成のため、平成26年度は日本語母語話者同士の相互行為場面3種類を撮影し、指示詞分析のためのデータを収集した。平成27年度は、収集したデータの内、観光ガイドが複数の聴衆に対し町の説明をしているデータ(50分)を取り上げ、以下の事実を明らかにした。 (1)ガイドは共同注意確立が困難であると解釈される場面では、聞き手の負荷を減らすべく、複数の発話と複数の指示形式を用いて、聞き手の注意の焦点を指示対象を含む空間からその中の特定の対象に向けて徐々に調整していく。その際、共同注意確立の各段階で選択される指示詞の質的素性には一定の分布傾向が見られる。 (2)同様に共同注意確立が困難であると解釈される場面では、直示素性の分布にも一定の傾向が見られる。すなわち、話し手は共同注意確立活動の前半ではア系を用い、後半もしくは共同注意確立後には、コ系もしくはソ系を選択する。この事実は、従来の説明のように、コ系・ソ系・ア系が空間情報に基づき選択されているわけではないことを示している。 時間軸に沿って展開する談話において、同一の対象が複数の指示形式で指されること、また形式の質的素性と直示素性の分布に一定の傾向があることは、相互行為場面の観察によってのみ明らかになることであり、先行研究では指摘されていない事実である。本研究では、この話し手による指示形式の選択に第一義的に関わるのは、上記の「注意」概念であり、指示詞の体系化は直示中心と距離という空間概念によってではなく、共同注意確立までの各段階と聞き手の注意の状態という動的な要因によりなされるべきであるということを主張する。
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