本研究では,建仁寺両足院蔵「杜詩抄」について,公刊の前段階として,言語の実態と資料的性格を明らかにし,中世語資料としての抄物の有効性・可能性を示した。平成27年度は,「杜詩抄」に見られる言語事象に関して,1.五山・博士家系抄物における濁音形「ゾウ〔候〕」の用法と位相,2.繋辞を用いた引用表現の史的展開について考察し,研究論文として発表した。概要は以下のとおり。 1.五山・博士家系抄物の一部に,「候」由来の諸形式を文末表現として用いるものがあり,「杜詩抄」でも「ゾウ〈候゛〉」が多用される。抄物の「ゾウ」「デ候(デサウ)」は,講義の聴講者に向けたと思われる補助的な内容を話す際に用いるのが典型的な用法であることから,口頭の講義に存したスタイルシフトが文体に反映されたものと考えられる。 2.「杜詩抄」に見られる文末表現「~ヂャ」は,繋辞を用いた引用表現である(昨年度成果)。近世後期の「国字解」の一部で,同じ用法の「~デアル」が見られる。この種の引用表現が見られる抄物・国字解は,特に,特定の人物の講義の筆録・再現を意図したものであることから,口頭の講義で広く用いられた表現であると考えられる。 「杜詩抄」の成立経緯は明らかにするに至らなかったが,本抄に15世紀半~16世紀成立の抄物一般では稀な言語現象が認められること等から,編者自筆である両足院蔵本の書写時の1570~81年代が成立時期であり,特定の講者の講義の筆録や再現を意図した先行抄を含むことが推定できた。 また,本研究の成果によって,抄物には未だ知られていない言語事象が多く存し,それらの記述と史的変遷の考察によって,日本語史の叙述の充実・更新が可能なことを示した。今後は,「杜詩抄」の公刊準備と,関連する両足院蔵の抄物についての調査を進める。さらに,近世期の「国字解」についても,抄物での調査・研究の手法を生かし,資料研究を進めたい。
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