研究課題/領域番号 |
26884028
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
雪村 加世子 神戸大学, 人文学研究科, 助教 (60735116)
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研究期間 (年度) |
2014-08-29 – 2016-03-31
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キーワード | 近世アイルランド史 / 近世ブリテン諸島史 / 海事史 / 西洋史 |
研究実績の概要 |
平成26年度は研究実施計画に基づき、職務の就業時間外を利用して、二次文献読解による研究の枠組み作り(第一段階)および具体例調査のための一次史料分析(第二段階)を行った。 第一段階としては、ブリテン諸島史、帝国史、海事史・海軍史、国際商業史の最新の研究書(日・英・仏)を30冊順次購入し、読解を進めた。これにより、1689~1815年の期間に一方で戦争により海軍行政の制度が整備され、他方でアイルランド経済がイギリス経済へと投資・商業・海運を通じて組み込まれていく過程が、具体的事例研究あるいは理論的解釈からどのように跡付けられているかを把握した。 第二段階としては、Southwell PapersとDaniel Peck letterbookの2つの一次史料分析を行った。前者の中から発見された1720年代の陳情書からは、キンセイル港ではスペイン継承戦争時(1702~13)に海上貿易防衛を主な任務とした海軍基地が設置されたことによる経済的恩恵が実感されており、戦後も基地の継続を希望する意見が存在したことが判明した。後者からは、同戦争中にアイルランドからポルトガルへと軍隊を運ぶ護衛船付き輸送船団に、チェスターの商人が自らの錫輸送船を加えられないかと検討する様子が看取できた。これらは「第二次百年戦争」初期において、アイルランドを軸とした海運防衛体制が生まれつつあり、これをアイリッシュ海両岸の人々が自らの私的利益と結び付けて考えるようになっていたことを示す具体例である。 この一次史料分析における発見を二次文献調査の結果と照らし合わせれば、本研究の今年度の成果は、これまでのイングランド・イギリス中心の伝統的海事史・海軍史研究や、目下流行している幅広い人文・社会科学研究者による「海の歴史」のどちらにも欠けている研究視角を提供する、重要なものであると言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は実行の過程でいくつかの変更を経たが、おおむね順調に進展していると言える。まず、書籍やタブレット、PCソフトウェアなどの研究ツールが当初の予定通り納品され、遅れなく研究を開始・遂行できたことで、限られた時間の中で研究史整理と申請者のこれまでの研究成果の背景付けを行うことができ、さらには新史料の発見に至ることができた。そしてその成果を目標通り、学会発表(1回)、申請者の担当する授業(半期1コマ)、金澤周作編『海のイギリス史:闘争と共生の世界史』(昭和堂、2013)への書評[『科学史研究』(日本科学史学会)第53巻272号掲載]を通じて広く社会に還元することができた。既に平成27年度5月と7月にも本科研研究に基づく口頭報告を予定しており、そのための準備も順調に進んでいる。 また、1月の段階で海事史・海軍史にかんする枠組み作りがある程度完成し、一次史料からはアイルランドを軸とした海上貿易防衛システムの制度と運用についての非常に重要な知見が得られたことから、1月から3月にかけて予定されていた一次史料の読解を一旦停止し、その時点までの研究成果を論文として公表することを優先した。その結果、海上保安を司っていた軍港・キンセイルに水兵捕虜収容所が形成される過程を説明した論文1本と、巡視船・護衛船の巡航ルートを規定する要因の一つである海上軍事輸送についての論考1本の、計2本の論文を国内の査読付き雑誌に投稿することができた。前者は『神戸大学史学年報』第30号(平成27年6月発行予定)に掲載されることが既に決定している。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度4~7月は昨年度に引き続き第一段階(二次文献調査)と第二段階(一次史料分析)の作業を行う。その後、8月に第三段階として在外調査を予定している。27年度は神戸大学人文学研究科助教として勤務するため、当初の予定に反してエフォートが下がり、昨年度並み(50%)となる。これに伴う変更を反映した年次計画を以下に記す。 【第一段階】昨年度購入した最新文献の読解を通じて、本研究の背景となる1689~1815年のブリテン諸島の社会・経済・軍事・国際関係についてさらに理解を深め、研究の枠組みを作る。 【第二段階】第一段階の成果を踏まえて、アイルランドを軸とした海上貿易防衛システムを同時代の人々がどのように受容し、利用していたのかを具体的事例から明らかにする。当初3種類の史料の分析を予定していたが、前年度の史料調査の結果重要度が高く、より厳密な分析が必要と判断されたSouthwell PapersとDaniel Peck letterbookの2つに研究対象を絞る。 【第三段階】勤務の都合上、在外調査期間が当初予定の1か月半から3週間に短縮される。この条件下で研究目的を達成するために、ダブリンの滞在時間を短縮し、滞在中にはSouthwell Papersの未入手部分の複写と、社会経済史家D. ディクソン教授との面談に注力する。その後イギリス国立文書館において、前述のシステム運営の鍵であるアイルランド唯一の海軍工廠・キンセイル海軍基地の関連史料を収集する(対象期間:1689~1815年)。 9月以降は完成した枠組みに具体例を当てはめる作業を行い、年度末にその成果を実績報告書の形で公表することを目指す。これと並行して、第三段階で収集した史料のカタログ化作業を行い、次年度の分析作業開始に向けた準備とする。また、研究と並行して、今年度も口頭報告・論文・授業の形で積極的に成果を社会に還元する。
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