平成27年度は『枕草子』の諸本系統の中で重要な位置を占める堺本系統の写本群の調査を中心に行った。当初予定していた後光厳院宸翰本系統の写本の研究に関しては、当初は京都大学蔵本を対象とすることにしていたが、前年度実施した相愛大学春曙文庫および実践女子大学黒川文庫への調査により、『堺本枕草子本文集成』に収録されていない新たな堺本系統の写本の存在が明らかになり、これらの本文分析を行う必要が出てきたため、そちらへと注力した。一方で、『堺本枕草子本文集成』に収録されているもののうち、未調査であった前田家尊経閣文庫蔵「四季物語(異本枕草子)」、および静嘉堂文庫蔵「異本枕草紙 完」の調査を実施した。とりわけ前田家尊経閣文庫蔵「四季物語」に関しては、貞享四年の識語において、稀少な本として扱われつつも、『枕草子』ではなく鴨長明『四季物語』として享受されていたことが記されており、『枕草子』の受容の実情のみならず、「枕草子とはなにか」という根本的な問いかけへと繋がる、重要な資料と言い得た。これらの基礎的調査の成果は、本年度末に刊行した自著へも取り入れることができた。また、『枕草子』と諸本の問題を対象としたシンポジウム報告を1件、および論文(単著)を2本発表することができた。このうち、シンポジウム報告とそれをもとにした論文においては、現在の『枕草子』と「清少納言」に対するイメージの内包する問題を、『枕草子』の諸本分析によって逆照射した。もう一本の論文においては、『枕草子』の諸本本文の比較から、現存最古の『枕草子』写本である前田家本本文の性質と、そこから窺える編纂意識について論じた。『枕草子』がさまざまな加工行為・引用行為を経ながら享受されてきた様相について探究するという研究目的はおおよそ果たすことができたものと考える。
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