本研究は、「ノン・ダンスの政治と美学」という課題のもとに、フランスのコンテンポラリーダンスの領域の中に現れた「ノン・ダンス」という傾向に着目し、その意義を政治的観点と美学的観点から捉えようとしたものである。 政治的観点からは、フランスの文化政策の根本原理である「文化の民主化」と1980年代以降のコンテンポラリーダンスの展開との関連性を分析した。1980年代のコンテンポラリーダンスの発展において、フランス政府の文化政策が推進し、設立した国立振付センター(Centre national de la danse)を筆頭とした制度/組織が重要な役割を果たしていた。しかし、80年代後半には、創作、普及、教育を義務として課す制度の中に包摂された振付家やダンサーたちの間に疲弊や支援の不均衡が生じ、ダンスに対する支援政策が問題視されるようになる。1997年に設立された「8月20日の署名者たち」というダンスの実践者による任意団体が積極的に政府への提案を行い、より民主的なダンスの創作者の要望に沿った柔軟な支援政策が展開されたことが明らかになった。 美学的観点からは、「ノン・ダンス」の代表的な振付家と言われるグザヴィエ・ル・ロワの1994年から2011年の活動に焦点を当て、先行世代の振付家たちといかなる美学的差異が存在するのかを考察した。ル・ロワは活動当初には独自の動きを作り出す狭義の「振付」に専心していたが、次第に観客がダンスの場に参与しうる作品のフォーマットをデザインするようなより広義の「振付」を志向するようになったことが判明した。このようなル・ロワの創作上の関心の移行は、ニコラ・ブリオーの「関係性の美学」やジャック・ランシエールの「解放された観客」という思想に接近しており、作者の主体や権限を減ずることにより、観客の能動性を活性化させるような作品を意識的に創作していることが明らかとなった。
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