今年度は昨年度に引き続き、ジョン・ロックの社会契約論を研究した。具体的にはロックにおける国家の役割を明らかにするために、ロックの私的所有権論を検討した。従来のロック研究においては、国家の成員は一定以上の財産を持つ富裕層に限られているため、国家の役割も富裕層の利益を守ることあると考えられてきた。ロックが「ブルジョワ階級の利益の擁護者」と長らくみなされてきたゆえんはここにある。また、これと関連して、ロックは市場経済を重視し、小さな政府を指向するいわゆるリバタリアニズムの祖ともされてきた。しかし、以上の研究は『統治二論』第二篇第五章「所有権について」のみの読解に支えられているように見受けられる。これに対して本研究は従来の研究が踏まえてこなかった『統治二論』第一篇や遺稿を渉猟することで、ロックの私的所有権論を再検討した。その結果、ロックが経済的に困窮する者への支援を、富裕な者の自然法上の義務としていることを突き止めた。つまり、余裕のある者が困窮者に財産の一部を提供しないことは不正をなすことなのである。このようなロックの主張は、いわゆる福祉国家思想の萌芽とも呼べるものであり、従来のロック解釈に疑義を呈するものである。ロックの社会契約論における国家の役割とは、富裕な者の財産の保全ではなく、全成員の生命、自由、財産の保全なのである。以上の成果は研究会等で発表し、共著に収められることが決定している。
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