本研究の目的は、1870年代のフランスの文学・芸術・思想にかんする先行研究のなかで見過ごされてきた事象を取りあげ、それらについての知見を端緒として、上記の年代に見られた知的・文化的実践の変容を捉え直すことである。平成27年度に行った研究内容は以下のとおりである。 (1)昨年度の調査を通じて得られた成果をさらに発展させ、シャルル・クロ、そしてその関連人物たちによってなされていた様々な科学的実践が、同時代の文学・芸術とのあいだにいかなる関連を結んでいたかを調査した。とりわけ本年度は、1870年代の後半に登場した録音技術を同時代の様々な文化的実践と関連づける作業がさらなる進展をみた。その成果は、前年度に予告されていた『音響メディア史』が出版されたほか、塚本昌則・鈴木雅雄の編著による『声と文学』が刊行されることによって近く公表される予定である。 (2)シャルル・クロの周辺人物の交流の場となったサロンや文学的小集団にかんする資料を調査し、そこでなされていた文学実践を再評価する作業を進めてきた。具体的には、これらの場においてなされていた文学創造/受容の特質を、(a)パロディや剽窃、また複数著者による創作といった「創造主体の分裂/複数化」、ならびに(b)独白劇(モノローグ)を典型とするような「音声を介した文学創造/文学受容」の流行、そして(c)種々の小新聞・雑誌類に掲載されたテクストに見られるジャンル越境的な性質という三点にまとめあげ、これと後続する時代の文学実践とを比較する報告を行った。
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