研究実績の概要 |
平成27年度は、実施計画にもとづき、武蔵屋叢書閣が刊行した井原西鶴の浮世草子の出版方針と本文の編集に関する研究を行った。以下、成果となった論文を示し、意義や重要性について報告する。まずは「伏せられた西鶴―明治二〇年代の西鶴翻刻本における伏字とその背景」(『近代文献調査研究論集』国文学研究資料館,pp11~pp28, 2016年 3月)である。この論文では明治期の西鶴本に施された伏字の様相とその背景について考察した。江戸期の「板本」、明治期の「武蔵屋叢書閣版」と「帝国文庫版」の三種を並記し、活字化された本文にどのような傾向が見られるのかを一望できるように作表した。その結果、「帝国文庫版」が「武蔵屋叢書閣版」を意識して伏字を施している様子や、「卑猥」な言葉以外にも伏せられているということが判明した。また、武蔵屋本の『好色五人女』の凡例と緒言の検討から、これらの編集の背景には文芸批評家である内田不知庵が関わっており、ヘンリー・モーリー(1822-1894)が編纂したボッカッチョの『デカメロン』の編集方針に影響を受け、同時代の状況に鑑みて編集をしたことも明らかになった。この論文では一つの出版社に注目したが、西鶴本の普及の全体像を捉えるため、同時代の他の西鶴本の編集方針にも目を向ける必要が出てきた。「明治中期西鶴翻刻本における校訂の諸相―「解釈」のるつぼ」(『文芸学研究』第20号,pp1~pp21, 2016年 3月)では、校訂という意識が学問的に不十分であるということを理由に従来検討されてこなかった明治期の西鶴翻刻本について、翻刻者の個性的な編集方針として諸本の漢字への置き換え、句読点の有無などを検討した。その結果、同時代の翻刻には原本に正確であろうとする方針と、読者が読み易い本文への校訂があり、諸本はそれらの方針のいずれかに依りながら編集が行われていることを明らかにした。
|