本研究は、従来から議論されてきた「未必の故意」の概念と、「未必の故意」と「認識ある過失」の区別を明らかにした上で故意犯としての妥当な処罰範囲を検討するものであり、本年度は以下の結論を得た。 故意の概念に関する先行研究では、認識説と認容説との対立があり、不確定的なものであっても犯罪結果発生の可能性の認識または予見があれば故意を肯定してよいとするのが前者の見解であり、そのような認識に加えて認容した場合に故意を肯定するというのが後者の見解であった。しかし、後者の見解には、概念が不明確であることと、危険な行為をしながら結果発生を望んでいない場合に故意を肯定できないことに対する批判が従来からあった。 しかし、刑法には故意犯処罰の原則があり、過失犯よりも重い処罰が予定されている以上、「結果が発生してもかまわない」という消極的な態度に対して故意を肯定してよいのかという疑問を抱くに至った。そこで、未必の故意と認識ある過失を同視するフランス刑法学説を参考に、未必の故意と認識ある過失は結果発生に対する無関心な主観的態度という点では同じではないかとの着想から、結果発生の可能性を確定的に認識している場合のみに故意を肯定するのが妥当であるとの結論を得た。そして、未必の故意も認識ある過失も、結果発生に対する無関心・無配慮であることから、結果の発生を回避する義務の著しい違反であるとして、これら2つを同視することが可能である。
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