最終年度となる本年は、多様な熟議型論争問題学習の授業構成を明らかにするため、(1)東日本大震災後の被災地における復興をめぐる様々な議論の特徴と課題の分析、(2)それらの特徴・課題に応じた熟議の方法(形式)の検討、(3)災害からの復興を教材とした熟議学習の事例の分析に特に取り組んだ。 まず(1)については次の点が特徴・課題として析出された。①津波によって失われた町の復興をめぐる議論では、「安全」などの価値は共有されているものの、具体的にどのような町づくりをするか、すなわち町の再建の方法に関する選好のレベルで意見が対立している。また、その対立の背景には、“行政の側”か“市民の側”かなどの社会的立場や、社会階層の相違に特に起因する、事実認識、信念レベルの相違・対立が認められる。②被災地での産業の再建をめぐる議論では、国が復興支援のため設けた制度がかえって被災地の就労状況を悪化させていることから、制度のあり方をめぐる対立が存在する。これについては、国家エリート層と“現場”の一般市民層との間での事実認識やニーズに対する考え方の乖離が要因として指摘できる。③福島における避難や帰還、農漁業と、全国の原発再稼働の是非をめぐる議論では、放射線や原発システムといった「測定・評価の対象となる科学」と、それを「測定・評価する方法としての科学」について、一般市民層の間での事実認識や価値観、信念が大きく異なっており、このことが原発政策などに関する合意形成を難しくさせている。 次に、(1)の特徴・課題に対応する熟議の形式として、「市民討議」「市民陪審」「コンセンサス会議」を中心に検討した。 (3)では、ハリケーン・カトリーナによるニューオーリンズの被害と復興を教材として開発された米国のプログラム“Teaching The Levees”(2007)を授業事例として分析し、その構成を明らかにした。
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