研究課題/領域番号 |
26887021
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
池田 昌司 京都大学, 福井謙一記念研究センター, 准教授 (00731556)
|
研究期間 (年度) |
2014-08-29 – 2016-03-31
|
キーワード | ガラス転移 / フラジリティ / レプリカ理論 |
研究実績の概要 |
液体を急冷すると、その構造は乱雑なままに、粘性が発散的に増大する。これがガラス転移だ。これまでガラス転移の理論研究では、球状粒子系などの、現実の液体を極度に簡単かしたモデルが考えられてきた。一方で実験的には、様々な形を持った分子のガラス転移が研究され、そして、分子の形や相互作用に応じてガラス転移が実に多彩な特徴を持つことが指摘されてきた。本研究は、この実験と理論のギャップを埋め、粒子の形の及ぼすガラス転移への影響を理解することを目的とする。その第一歩として、球状粒子系に対して発展してきたレプリカ理論を、単純な異方性粒子へと拡張し、そのガラス転移を論ずる。具体的なモデルとして、楕円体系とネットワーク性粒子系に注目し、そのランダム最密充填やフラジリティの起源に、初めての微視的理論による理解をもたらす。 昨年度は、(1)ネットワーク性液体にレプリカ理論を適用した。具体的には、Coslovich-Pastore模型と呼ばれるネットワーク性液体の最も単純な模型に対して、初めてレプリカ理論による解析を行った。その結果、レプリカ理論がシミュレーションで見られたフラジリティを再現することが明らかになった。詳細な解析の結果、フラジリティの起源には配位数が決定的な役割を果たしていることを指摘した。(2)楕円体系にレプリカ理論を適用した。これは初めての、レプリカ理論の異方性粒子への拡張である。理論解析の結果、回転運動についてのガラス化も、レプリカ理論で記述できることがわかった。一方で、回転・並進デカップリングのような複数のガラス相が関与する問題に対しては、既存のレプリカ理論そのものが非力であることも明らかになった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度は、(1)ネットワーク性液体のレプリカ理論による解析、(2)異方性粒子のレプリカ理論による解析を行った。成果の詳細は以下のとおりである。 (1)ガラス形成系を特徴付ける概念として、フラジリティがある。フラジリティが高いとは、温度低下とともに緩和時間が非アレニウス型に発散的に増大する場合を指し、フラジリティが低いとは、緩和時間がアレニウス型に増大する系を指す。興味深いことに、ネットワーク性液体の方がフラジリティが低くなる傾向があるが、その理由は分かっていなかった。本研究では、ネットワーク性液体の最も単純な模型であるCoslovich-Pastore模型にレプリカ理論を適用し、そのフラジリティの低さの起源を探った。計算結果から、この模型と通常のLJ粒子系では、配置エントロピーの温度依存性が定性的にすら異なることがわかった。具体的には、ネットワーク性液体の場合は、配置エントロピーが鋭く減少せず、低温でも大きいままとなった。この結果とAdam-Gibbsの現象論を組み合わせると、フラジリティの違いを説明できる。さらに配置エントロピーの違いには、配位数が少ないことが決定的な役割を果たしていることがわかった。 (2)これまでレプリカ理論は、等方的な相互作用をする粒子系にしか適用できなかった。そこで本研究では、楕円体系を題材にとり、レプリカ理論の異方性粒子への拡張を行った。具体的には、従来のレプリカ間の並進オーバーラップに加えて、回転状態のオーバーラップも秩序変数として加えた自由エネルギーをHNC理論の枠組みで導出し、その振る舞いを解析した。理論解析の結果、回転運動についてのガラス化も、レプリカ理論で記述できることがわかった。一方で、回転・並進デカップリングのような複数のガラス相が関与する問題に対しては、既存のレプリカ理論そのものが非力であることも明らかになった。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度は、(1) 複数のガラス転移を持つガラス系を記述するように、レプリカ理論を本質的に拡張し、楕円体を含む様々な系に応用する、(2) これらの系のジャミング転移を理論的に記述する、という二点に取り組む。目標(1)については、すでに理論的検討を進めている。昨年度の研究の過程で、従来の一段階レプリカ対称性の破れを記述するレプリカ理論を二段階レプリカ対称性を許すように拡張することで、複数のガラス相を矛盾なく記述することを着想した。この拡張に現在取り組んでおり、すでに平均場スピン模型やサイズ比の大きい二成分粒子系については、満足のいく記述が得られることが明らかになってきた。これは楕円体系の理論につながる結果であるだけでなく、独立の重大な価値を持つ成果であるので、まずこの部分のみで発表論文にする計画である。さらにこの結果に基づいて、楕円体系のレプリカ理論をさらに拡張することで、並進・回転デカップリングを記述したい。目標(2)については、昨年度はレプリカHNC理論に基づく計算を行ったが、これをジャミング転移近傍でより正確になる有効液体近似へと変更するところから始める。これにより、単一のガラス相に付随するジャミング転移が記述できる。さらに興味深いのは、複数のガラス相が現れるとき、ジャミング転移は異なる特徴を持つかという問いである。目標(1)の研究で二段階レプリカ対称性の破れを伴う理論を得て、この本質的な問いにアプローチする。
|