本研究は約3.8万年前にさかのぼる後期旧石器時代の前半期にのみ存在した石器・石斧の石材鑑定をして,当時の人類がどこからどこまで石材を運んだかを明らかにすることを主な目標とした.旧石器時代の石斧が出土している長野県,愛知県,群馬県,神奈川県,千葉県,秋田県の遺跡の石器石材を詳細に調査し,各地の石材使用の実体が判明した. 日本海沿岸域に広く分布する北陸の透閃石岩製の石斧は,太平洋側では唯一,愛知県瀬戸市の上品野遺跡に到達していたことが判明した.太平洋側では,群馬県の緑色岩や神奈川県の緑色凝灰岩,輝緑岩などが関東・中部地方で石斧石材として流通していたこと,日本海側に比べると石材移動の範囲が小さいことなどが判明した. 一方,後期旧石器時代前半期には,石斧とともに使用されるナイフ形石器や台形石器などの剥片石器石材として,黒曜石,珪質頁岩などが使用されるが,石斧石材とは異なった移動の状況がみられる.東北~北陸地方の主要石材である珪質頁岩の原産地を秋田県,新潟県で調査し,遺跡出土の石器の石材とを比較し,旧石器時代の石材入手活動について検討した. また,石器石材の研究法として,実体顕微鏡による観察や比重・磁力などの測定により,石材を鑑定する方法を確立することができ,河川における礫の形状や表面構造と石器とを比較し,石器の原材となった石材の入手地を推定する研究法を整備することができた. これらの研究により,石斧と剥片石器のそれぞれの石材の原産地と採集地を推定することが可能であること,遠隔地の遺跡であっても石材の正確な鑑定ができれば,原産地から持ち運ばれた範囲がわかり,旧石器人類の移動の実態が推定できることを明らかにした.
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