前年度と同様、快情動はサッカリン水溶液を摂取させることで誘導した。実験を進めるうちに、サッカリン水溶液を摂取させた時に反応する神経細胞を同定しても、その細胞が快情動をコードしているのか、情動一般の強度をコードしているのかの区別をすることが出来ないことに気付いた。そこで今年度から快情動を誘導するサッカリン水溶液と同様に情動を誘導するが、逆の不快情動を誘導するキニーネ水溶液をコントロールとして平行してテストすることにした。このような条件下で、サッカリン水溶液には反応するがキニーネ水溶液には反応しない細胞、またはその逆を同定することで、それぞれ快情動または不快情動に関わる細胞を同定することができるようになる。それぞれの水溶液の摂取により誘導される情動の種類および強度は、予定通り「味覚反応テスト」により定量的に測定した。さらに、味覚反応が表出している際に活動した神経細胞を同定するために、味覚反応テスト後に固定した脳内で最初期遺伝子のひとつであるc-fosを発現する細胞を同定した。 結果、意外なことに、これまで快情動と深く関わっていると思われていた側坐核の殻や腹側淡蒼球では、快情動を誘導するサッカリン水溶液よりも不快情動誘導するキニーネ水溶液を摂取させた場合に、より多くの神経細胞でc-fosが発現することが明らかになった。さらに他の脳領域も合わせて解析したところ、これまで味覚刺激により誘導される情動との関係の知られていない、拡張扁桃体の特定の核で、不快情動誘導するキニーネ水溶液の摂取で特異的にc-fosを発現する細胞集団を同定することが出来た。キニーネ水溶液では摂取の動機が著しく減少することから、これら細胞の活動は、快情動の抑制や不快情動の発生、摂取の動機の減少、またはそれらの組み合わせに関わっている可能性がある。
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