本研究ではシグナル伝達経路である、ERK経路およびmTORC1経路が細胞増殖に及ぼす影響の定量解析を目的とした。このためにmTORC1経路の活性を人為的に制御する系の構築を今年度は行った。前年度にmTORC1の上流因子であるAktの恒常活性変異体の発現誘導ではmTORC1活性化を惹起できないことを確認していた。原因としてAkt-mTORC1経路がもつ負のフィードバック機構により遅い(時間周波数の小さい)Akt活性化ではmTORC1が活性化しないことが考えられたので、今年度は青色光依存的に2量体化するCRY2-CIB系を用いてAkt上流のPI3Kを活性化することで速いAkt活性化の誘導、それに伴うmTORC1活性化を検討することとした。一方で青色光は蛍光プローブを用いたmTORC1活性化の観察にも用いるため、mTORC1活性化に青色光の照射を必要としない観察系が必要と考えられた。そこで生物発光共鳴エネルギー移動(BRET)の原理に基づく新規プローブを新たに開発し、これを用いて青色光依存的なmTORC1活性化を観察することを試みた。CRY2-CIB系に基づくPI3K活性化系とmTORC1下流因子、S6Kの活性を計測するBRETプローブを哺乳類細胞に共発現させ、青色光照射により一過的にPI3Kを活性化させたところ、青色光照射から10-20分後にS6Kの一過的な活性化が観察された。すなわちmTORC1活性の人為的制御および活性計測系の樹立に成功した。S6K活性はPI3K活性化により上昇したが、PI3K活性化前の時点で細胞間のばらつきが大きかったこと、PI3K活性化によりそのばらつきを保ったままS6K活性が上昇したことからmTORC1活性はPI3K以外の因子によっても制御されていることが考えられる。mTORC1活性化の細胞増殖促進ならびに抗癌剤抵抗性に与える影響が今後解析可能である。
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