小脳における記憶系の構造と機能を解明し、その分子過程を明らかにするとともに、この記憶系の働きに基づいて行われる運動学習の機序を解明するのが本研究の目的である。この目的のため次の5つの実験計画を実施した。登上線維の信号と平行線維の信号の異シナプス間干渉によって、その平行線維とプルキン工細胞間のシナプス伝達に「長期抑圧」がおこり、これが小脳の記憶の本質的なメカニズムを現わすと考えられるが、1)伊藤は狩野と協力し、平行線維の伝達物質グルタメイトとその類似物質に対するプルキン工細胞の感受性をしらべた。またこれにより長期抑圧に関与するグルタメイト受容体はキスカール酸特異性をもつものであることが判明した。2)桜井は小脳切片において長期抑圧を安定に再現することに成功しこの発現に関与する種々の因子の分析を行った。3)福田はプルキン工細胞のグルタメイト受容体を標識するため単クーロン抗体を作製し、その作用の検定を続けている。これら小脳のシナプス可塑性の分子過程に関する研究と平行して小脳による運動学習の機序の研究を前庭動眼反射の適応制御を材料として進めている。そして、4)渡辺は家兎の視機性眼球運動と前庭動眼反射の適応の間に相互干渉がおこることを見出しこの現象に対応して片葉のプルキン工細胞の反応が変化することを明らかにした。藤田は小脳の適応フィルターモデルにより、この干渉現象のシミュレーションによる再構成を行い長期抑圧と眼球運動制御の対応関係を裏づけるべく努力している。5)宮下は視機性眼球運動時にグルコーズ消費の増加する脳部位を2デオキシグルコーズ法によりとらえることに成功し、関係する小脳領域のマッピングを行っている。
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