われわれは、岡山県真庭郡勝山町にある大阪大学人間科学部比較行動実験施設比較行動学勝山第1実験所を中心として、これまで30年にわたり、餌付けニホンザル集団の観察を行なってきた。これをふまえ、幼体から成体に至るまでのさまざまな年齢の個体の行動を、いくつかの側面について比較行動学的観点から集約的にとらえ、ニホンザルにおける生涯発達に関する基礎的資料を得ることが本研究の目的である。3年間にニホンザルの全生涯にわたる縦断的な資料をそろえることは不可能であるので、個々の年齢層において過去の追跡的研究資料の蓄積をふまえた縦断的な分析を行いつつ、大局的には横断的手法によって生涯発達を描くという方法をとった。結果を以下に要約する。 1.初期母子関係 ニホンザルの社会化は母子関係に始まる。母子の相互独立は生後1年間に2度の変節点があり、それは主として母親によって推進され、そこには母乳から固形食への子の栄養摂取手段の変化が横たわっている。 2.幼体・未成体の社会関係 母親に対する強い依存性を脱すると、子は母親以外の個体、特に他の幼体との接触を強く求めるようになり、それがまた母子の分離を促進する。幼体雌は2歳までに母親との伴食関係を希薄化させ成体雄と伴食関係を形成するようになる。 3.準成体雄と初産雌にみられる個体関係 その後、準成体雄は次第に集団を離れていくが、この「群れ落ち」の時期には優劣順位や血縁の結びつきが影響を与えている。一方、雌は集団に残留し、子を生み育てるようになる。 4.成体雄の社会関係 低順位の雌には出産前後で社会関係の変化がみられることが多い。 5.老化による雌の繁殖活動の変化 集団にとどまった雌は老化に伴い繁殖活動を変化させていくが、特に、21歳をさかいに出産率を著しく低下させる。
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