高歪系として特に高い高歪みエネルギーを有するシクロプロペニウムイオンおよびビシクロブタンに注目し、それらの合成法を開発するとともに特異な電子構造の解明を本研究課題の一つとする。また、これらの高歪化合物は歪みエネルギーの解消を伴なって容易に環開裂を起こし、新しく安定な芳香族環を生成することが出来るので、この環変換を利用して新しい有機機能物質を開発する利点がある。本研究で取上げた高歪化合物は当研究室で20年以上に渡って研究を行なっているシクロプロペニウムイオンと縮合多環化合物の光反応により合成されるベンズバレン誘導体とである。先ず、シクロプロペニウムイオンに関する研究では、すでに合成に成功しているチオ置換体と各種の求核試剤との反応により、20種以上に及ぶ複素環を有する誘導体の合成を行なった。また、このシクロプロペニウムイオンをシクロペンタジエニドと反応させることにより、これまでに類を見ない新しいπ電子系環状ビカリセンを合成し、これに同様な反応を繰り返し行なうと環状トリ-およびテトラカリセンが得られた。これらの環状カリセン類は比較的低い酸化電位を有しているので、最近特に注目を集めている有機導電材料のドナー成分として利用されるものと期待される。他方、縮合多環化合物の対応するベンズバレンへの光原子価異性化すよびこれの逆反応に関する研究は、可逆的情報記録材料合成の基礎的なものとして重要であり、本年度では一つのベンゼン核に立体的に嵩高い3級ブチル基を3個もつナフタレン、ヘナントレン、アンスラセン、キノリン、イソキノリン等を合成し、これらの光照射によるベンズバレンへの原子価異性化について検討した。これらのいくつかは比較的高い量子収率で進行することを明らかにし、また生成した高歪み化合物は温和な条件下で定量的にえの縮合多環化合物に変換することを認めた。
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