1.生菌を用いたin vivoの実験で酸素によって傷害されたStreptococcus sanguisの糖代謝は回復するが、Streptococcus mutansでは回復しないという違いを生ずる生化学的機構を解明することができた。レンサ球菌のPyruvate formate-lyaseは微量の酸素に触れると直ちに失活し、非可逆的な不活性型酵素(I型)に変わってしまうが、糖のない状態では、酸素フリーの嫌気的条件下で除々に可逆的不活性型酵素(R型)へ変換する。このR型酵素は活性型酵素(A型)のように酸素感受性はなく、一時的に酸素に曝されても再び嫌気条件に戻り再活性化因子が与えられると活性型に変換する。Strep.sanguisの生菌は糖の欠乏条件下ではA型をR型に変えることによって酸素傷害から退避し、この酵素を保護するが、Strep.mutansは糖がなくてもすべてのPyruvate formate-lyaseを活性型に保ち、いつも高い酸産生力を保持するが、Strep.sanguisのような退避機構をもたず、それゆえ酸素傷害を受け易いことが判明した。このような違いは両菌の歯垢中での生態の違いを明瞭に説明し、また両菌のウ蝕誘発能の違いを生ずる重要な要因の一つとなっているものと考えられ、ウ蝕の病因を解明するための重要な知見をもたらしたものと思われる。 2.上記の違いにもかかわらず、Strep.sanguisとStrep.mutansのPyruvate formate-lyase再活性化機構には違いが見られず、A型よりR型への変換機構の違いが重要であると結論された。 3.日常生活で最も良く用いられる甘味料、砂糖の主成分であるスクロースからの口腔レンサ球菌による酸産生に対しては、グルコースよりも著しく酸素傷害を受けることがわかった。このことより、食事等により著しく変動する歯垢を含む実際のヒトの口腔環境の変化により、糖の代謝は大きく変動するものと推論された。酸素傷害の回復には代用糖として用いられているソルビトールのほうが効果的であった。
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