細胞核における染色体DNAの複製や細胞分裂は、EGFやインスリンのような細胞増殖因子が細胞膜の特異的なレセプターに作用することで、蛋白質のリン酸化などの生化学的シグナルを誘起して、核の染色体DNAの複製と細胞分裂を促進して細胞の増殖を調節している。 我々は、このような細胞増殖制御の解明を細胞遺伝学の立場から追究している。そのために、EGFの増殖促進作用に応答しない細胞変異株を分離し性状の解析を行った。EGFレセプターに対するモノクローナルIgG抗体(B4G7)に、SPDP(N-スクシニミジル3-2-ピクジルチオプロピオン酸)法でリシンAサブユニットを接合した。このイムノトキシンでヒト癌細胞A431を処理すると、ほとんどの細胞は死んだが抵抗性の変異株クローンを分離できた。この変異株B7ではEGFレセプターが親株の1/40に減少し、残っているレセプターは高親和性であった。親株A431細胞と変異株B7の膜標品におけるリン酸化反応を調べた結果、A431細胞ではレセプター蛋白質の著しいリン酸化とそれに伴なう標的分子のリン酸化が先行する結果、ホスファチジルイノシトールのリン酸化が低下すると判明した。つまり、レセプター過剰産生細胞では、リン脂質の代謝の調節の乱れが要因となってEGFによる増殖阻害が起ると結論された。EGFによる増殖阻害は、EGFレセプターを過剰に産生する数種の細胞株で共通に見られた。これらの細胞はさらに発癌プロモーター、TPAによって増殖阻害を受けるものと受けないものに区別された。これらの細胞をEGFやTPAで反復処理して、もはや増殖阻害を受けない変異株が得られたので、その性状を比較することによって発癌プロモーターと増殖因子レセプター系の制御機構の解析を進めている。
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