宇宙線生成放射核種のトリチウム(T)は、水そのものの構成元素として地球上に存在しており、全ての環境水の水文学的知見を得るのに有力な核種の一つである。本研究では、地下水の挙動を知るためにT濃度の測定を行なった。 1. 極低レベルのT濃度を測定するために、Tの電解濃縮が不可欠である。本研究では、従来の2枚の電極板から成る対電極方式に替って、何枚かの電極板を重ね合わせた多電極方式を採用した。 2. 地すべり地については、新潟県下2箇所を対象とした。昭和56年1月に発生した長岡市濁沢地すべり地の地下水のT濃度は、44〜56pCi/lを示し、比較的新しい水といえる。昭和55年4月に発生した山古志村虫亀地すべり地のT濃度は、128pCi/lを示し、1960年代の水と考えられる。比較的長周期の濁沢地すべ地では、地すべりによって古い水が排出され、現在新しい水が貯留されつつある。これに対して安定期間が短い虫亀地すべり地では、地すべりによって古い水が排出されず、古い水が残存している。古い水の水圧上昇による地すべり発生の危険度は、虫亀地すべり地の方がより大きいと考えられる。 3. 崩壊・土石流多発帯として知られている長野県小谷村浦川水系の湧水では、T濃度が28〜62pCi/lの範囲にわたっている。この地域の地下水を閉鎖系とみなすと、降水のT濃度(76pCi/l)から、地下水の滞水時間は、4〜20年と見つもられる。T濃度の分布と地質の関係から、比較的長い滞水時間を有する湧泉源が、斜面崩壊や土石流発生源と密接な関係がみとめられる。この事は 山体内部に貯留されている地下水圧の上昇が、降雨強度よりも、崩壊、土石流の発生に関係するという他の観測資料からの考察を裏づけるものである。 4. 比較のために測定した深さ500mの新潟平野のガス水は、Tを全く含まないバックグランド水として利用できる事がわかった。
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