本年度は特に一種類の白金二核錯体、【K_4】〔【Pt_2】【(P_2O_5H_2)_4】〕について重点的に研究を行った。この二核錯体の結晶を、450nmの光で三重項状態に直接励起すると、それよりも短波長側の380nmに発光が見出される。この発光スペクトルの位置および形状は、同一条件で測定した通常の蛍光と全く同じである。一方、寿命は、減衰が非指数関数的なので正確には定義できないが、大体数ミリ秒のオーダーと長く、この発光はいわゆる遅延蛍光であることがわかる。この反ストークス遅延蛍光を利用して長波長の光を短波長の光に変換することが可能であると考えられる。本年度はまず、この遅延蛍光発生の機構を、特に三重項のスピン副準位の立場から追求した。 遅延蛍光が4.2Kの低温でも観測されることから、三重項状態から熱的励起によって一重項状態が作られたのではないことがわかる。もつとも可能性のある考え方は、2つの三重項状態同志が消滅して1つの一重項励起状態を生成するという機構である。この機構にしたがって、一重項励起状態および三重項励起状態それぞれについて速度方程式を立て、遅延蛍光および燐光の減衰を解析した。 三重項状態は2つのスピン副準位、EuとAiuより構成されているので、考えられる三重項-三重項消滅過程は、(1)EuとEu、(2)AiuとAiu、(3)EuとAiuの3つがある。しかし、(3)は禁制であることから(1)と(2)について実験的に検討した。燐光の非指数関数的減衰、遅延蛍光の非指数関数的減衰およびこれら減衰の励起光強度依存性すべてにわたって、実験結果は理論的予測のとおりとなった。このようにして遅延蛍光の機構が明らかとなった。なお、純粋な無機化合物の錯体でこのような遅延蛍光が見出されたのはこれが初めてである。
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