本研究は、これまでN1H3T3細胞へのDNAトランスフェクション法で活性癌遺伝子が検出されていなかったヒト胃癌に焦点を絞り、癌遺伝子の検出とその実体を解明しようとするものである。これまでの本研究により、原発固型胃癌と樹立胃癌細胞株のそれぞれから、計2種の新しいトランスフォーミング遺伝子が見出された。後者については現在までに未だクローニングに成功していない。前者の患者由来の遺伝子はras群など既知のトランスフォーミング遺伝子とは全く異なるもので、約50キロ塩基対(Kbp)に及ぶ全領域をクローニングすることに成功した。このうち、約40Kbpの領域を持つコスミッドクローンDNAは単独でフォーカス形成能があったので、これが活性に最小限必要な領域であることが判明した。既知のレトロウィルス性オンコジーンとの対合実験から、この遺伝子はラットのレトロウイルスで知られていたv-rafに対応するヒトのプロトオンコジーンc-raf-1を含むことが明らかになった。raf遺伝子はセリン/スレオニンに特異的な蛋白リン酸化酵素の遺伝子といわれている。この活性c-raf遺伝子のmRNAに対応するcDNAを分離し、正常のc-rafのcDNAと塩基配列を比較した結果、活性raf遺伝子のmRNAでは正常raf遺伝子の5′側の約30%のエキソンを欠き、その代わりに未知のヒト遺伝子の配列が、一致した読みとり枠で融合していることが判明した。この融合は得られた遺伝子クローンでも確認され、この活性癌遺伝子がc-raf遺伝子のエキソン5〜16を含む部分の上流に未知のヒト遺伝子が融合して生成したと結論された。この融合は原発癌でおこったと考えられるが、融合の結果c-raf遺伝子の制御、または遺伝子産物自体の性質に大きな変化が生じている可能性があるので、発現ベクターを用いた蛋白レベルでの解析を進めている。
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