本年度は金属クラスター構築の基本要素である二核錯体に主点を置いた。内容は【i】)鉄のキュバン型クラスターおよびその先駆錯体の合成研究と【ii】)クラスター独特の、あるいはクラスターであるが故に発現する性質の追求とに大別できる。 【i】)シクロペンタジエニル(Cp)を配位したキュバン型クラスタ-[【Cp_4】-【Fe_4】【S_4】](【1!〜】)の生成機構の解明を進めている。[【Cp_2】【Fe_2】【(CO)_4】]と【S_8】からの【1!〜】の生成においては、[【Cp_2】【Fe_2】【S_4】]などの二核錯体を経由するものと考えている、Cpの代りにペンタメチルシクロペンタジエニル(【Cp^*】)を用いたところ、興味深いことにキュバン型クラスターは得られず、代りに二核錯体[【Cp(^*_2)】【Fe_2】【S_4】](【2!〜】)が高収率で得られた。【2!〜】はより高次のクラスター合成の出発物質として重要である。空気酸化により[【Cp(^*_2)】【Fe_2】【S_3】【O_2】]錯体に変化し、さらに酸化もできる。この他チオレート、スルフィド、あるいはセレンを含む鉄クラスターの合成も行った。チオール架橋の最初の二核銅(【III】)錯体も合成した。この錯体は二つの銅(【II】)間でスピン交換があり、構造を保持したまま電気化学的にCu(【I】)-Cu(【II】)、Cu(【I】)-Cu(【I】)へと還元を行うことができる。 【ii】)金属クラスターの最小単位である金属-金属結合を有する錯体として【W_2】【Cl(^3-_9)】(【3!〜】)を取り上げ、【3!〜】を還元剤とする電子移動反応の反応論的研究を行った。その結果、たとえば、【[Cox(NH_3)_5]^(2+)】との反応では【3!〜】は6電子還元剤として作用してW【O(^2-_4)】を生ずること、電子移動反応速度はXの種類に大きく依存し、いわゆる内圏型反応の特徴を持っていることがわかった。しかし、単核錯体で知られている内圏型機構と同様の過程は考えにくく、W-Cl-W結合の一ヶ所の切断、もしくはタングステンイオンの配位数の増加を伴い、コバルト錯体のXを架橋配位子とする新しい型の内圏機構であることがわかった。この結果はクラスターの酸化還元を考える上で重要な現象と考えられる。
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