研究概要 |
60年度、科研費補助金によって電子スピン共鳴吸収(ESR)装置の改良を行い、極低測定の性能を大巾に向上させることが出来た。61年度は液体へリウムデュワーの改良を行った結果、これまでの10倍に相当する連続100時間の極低温長時間実験が可能になった。これによりまず水素原子一分子反応を極低温で研究した。これは最も簡単な二分子反応であり化学反応論の基礎として多くの研究がなされている。反応における量子力学的トンネル効果の寄与について従来明確な実験的証拠は出されていなかった。本研究では4.2および1.9K固体【D_2】中にHDを添加しγ線照射後のESRスペクトルを測定した。その結果D原子の減少とそれと相補的にH原子の増加を観測した。このことはHD+D→H+【D_2】反応がトンネル効果によって起っていることを実験的に直接観測したことになる。さらに【H_2】中でのH原子の挙動や【D_2】中でのD原子の挙動を研究した結果、HやD原子はトンネル反応による水素引抜き反応を繰り返しながら固体水素中を拡散すると云う量子拡散の機構を世界的にも初めて報告した。また【H_2】(【D_2】,HD)+H(D)トンネル反応の速度定数の絶対値を測定し、理論的計算値との比較を行った。 4K固体メタンγ線照射した際のラジカル対生成機構の検討,希ガス固体-アルカン混合系の放射線分解におけるイオン分解の観測,分解で生成したホットH原子のエネルギーの評価等を極低温ESR法によって行った。 また極低温での反跳トリチウム反応を研究し、トリチウム原子によるトンネル効果による反応やエネルギー損失過程について極低温固有の現象を見出した。 以上の結果はこれまでの気相反応の研究では得られなかった新しい成果であり、特にトンネル効果による反応や拡散はマクロな量子効果の顕著な例と云うことが出来る。
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