本研究は、タンパク中のプロトン移動や電子移動のメカニズムを構造化学の立場から解明することを目的とするので、2種類の代表的なタンパク質分子を集中的に調べた。1つは光エネルギーでプロトンを能動輸送するバクテリオロドプシン、もう1つは電子移動で駆動されるプロトンポンプともいうべきチトクロム酸化酵素である。分子構造のプローブとして分子振動に着目した。その観測手段としてラマン分光法を用いた。分子の活性部位の構造変化は、本研究で開発した可視レーザー光用ダブルビーム式フローセルシステムによる時間分解共鳴ラマン散乱を用いて追跡した。タンパク部分の構造変化を選択的に検出するために、本研究では紫外共鳴ラマン散乱測定系を組立てた。Nd-YAGレーザーの4倍波で水素の誘導ラマンを起こし、それで得た240nmと218nmの光でチロシンアニオンやフェニルアラニン等の良好な共鳴ラマンスペクトルを得ることに成功した。続いて、鯉のヘモグロビンにそれを適用する段階に達したが、試料の量の問題で懸案の2種のタンパク分子に適用するには到らなかった。バクテリオロドプシンの可視共鳴ラマンの研究から、プロトン移動のゲートに当る部分について重要な情報が得られた。すなわち、レチナールシッフ塩基のプロトンがタンパクのアミノ酸残基にわたる部分について、そのアミノ酸残基のpkaが9付近にあり、それより高いpHではL中間体は生成されるもののその寿命は非常に短かく、中性ではみとめられない長寿命中間体ができてしまうことで、このために回転セル法とフロー法で異なる結果を与えることがわかった。チトクロム酸化酵素の研究では、鉄-ヒスチジン伸縮振動のラマン線強度が、この酵素の電子伝達活性とよい相関を示すことが明らかになった。本酵素の最終電子受容体は酵素分子であり、電子移動は酸素の活性化につながる問題であるので、その酵素反応中間体をミリストフロー共鳴ラマン法で検出した。
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