本年度も主として文献に現れた絵画資料を収集した。そこにみられる制作状況を分析しつつ、いかなる事情が作品制作の索引力となったかを検証することに努めた。その結果、従来通りの文脈の中でこうした資料を分類分析することの是非が問われることになった。一方で常に続けられてきた実作品の研究は、新しい視野を開いたのである。いままで、我国の水墨山水画は、主として宋代の画院様式の作品を手本し、たとえ朝鮮画の影響があるとしても部分的なものとして受け入れてきたと考えられていた。しかし、実情は必ずしもそれに合致しない。例えば、正木美術館蔵の無涯らの題詩のある作品は煙霧を実体として表現するものであり、多くの作品が虚なる空間として煙霧を認識していたのと全く別種の存在である。また、如寄筆「西湖図」は、室町絵画が文学に支えられた観念世界を表示するものであるのに対し、説明的案内図的性格をもち、現実風景に深くかかわっているものであって、従来の絵画制作の考察が欠如していた現実とのかかわりの必要性を提起するものである。さらに、絵巻物制作においても、漢画との関係が、具体的には和様琴棋書画図の成立として指摘されたり、後世の金地構成の画面が、すでに絵巻の雲母地の使用にその源泉が求められたり、また大画面の図様と小画面である絵巻物の相互連関が、単に画中画でない画中の景物に求められることが明らかにされた。今一度、従来の宋画と水墨画の関係、漢画とやまと絵の関係やさらにやまと絵における小画面と大画面絵画との関係がより広い視野において再検討される必要性が見い出された。以上は、本研究の課題を考察することの中で明らかにされたことであり、単に前作品は、様式の手本としてのみ存在するという従来の文脈に修正をせまることになった。今後は、いかなる意味において、前作品は、制作の場を形成することになるのかを考察しつづける必要があろう。
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