今年度は、1930年代の南部農村社会に変貌をもたらした一つの極めて重要なファクターである外部のラディカリズム、具体的にはアメリカ共産党が、南部の農村にどのように進出して来たか、そして現地の黒人大衆がそれをどのように迎え入れ、在地権力がいかにそれに対応したかについてまとめた。その具体的な姿の中に、当時の南部農村がかかえていた問題を、概念的にではなく具体的に生き生きと見い出すことが出来た。これと並行して、今年度はアラバマ州ラウンズ郡の唯一のローカル紙『ラウンズ・シグナル』のマイクロフィルムをとくに大恐慌・ニューディール下の白人大衆の日常生活を読みとる観点からじっくり点検した。 来年度は、1932年秋までにタラプーサ郡に根付いたシェアクロッパーズ・ユニオンが、その後どのように発展し、ニューディール下の新しい問題に取り組むかを大恐慌からニューディールへの転換を明らかにする観点から明らかにしたい。具体的には、1932年12月リール・タウン事件及びその後のユニオンの南部農村問題への取り組みについてまとめる。これと並行して、ラウンズ郡の農業振興協会の白人及び黒人農民の農業経営についての年次報告を点検し、ブラック・ベルト農業社会の変貌をミクロ的に明らかにする私の将来計画の基礎としたい。
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