本研究では全国に所在する老舗企業の経営実態調査と、いわゆる信用財産としての「暖簾」の形成メカニズムに関する理論研究とを併行して行なったが、メインは前者の実態調査である。方法は、全国の老舗企業の中から26都市に所在する780社を選び出しアンケートを実施した。そして回答を得た242社(有効回答率31%)を直接の対象として、老舗企業の今日的な経営実態を解明した。取り上げた内容は主として次の4点である。1.老舗企業の経営の構造的側面、2.老舗企業の経営の意識・行動的側面、3.老舗企業の経営理念、4.老舗企業の当面する問題と取り組み。これらの点について、対象企業からは率直な所見が寄せられた。分析の結果、明らかになった事実は数多い。たとえば、老舗企業の9割近くが専業企業として存在していること。老舗であるという意識は、たんに創業年数の古さによるものではなく、むしろ暖簾の構築の上に成り立つものであること。業績的には老舗企業の9割が黒字基調であり、しかも5割強が安定ないし拡大基調であること。しかし、純粋に老舗であることを有利とみなす企業は44%にとどまり、いまや老舗企業といえども老舗であることに甘じていられる時代ではなくなっていること……等々。また老舗企業が抱えている経営上の問題も数多く明らかとなった。中でも、生活様式の洋風化に伴う伝統工芸品産業の不振は、たんに個別企業の問題というにとどまらず伝統技術の衰退という意味では社会的に重大である。開発による自然破壊が伝統工芸品や食品の品質に危機をもたらしていることも無視できない。同時に、こうした経営上の諸問題に対し、老舗企業が具体的にどう取り組んでいるのか、その対応の実態も明らかとなった。本調査によって、これまで学問的に余り取り上げられることのなかったわが国の老舗企業の今日的な経営実態が、ある程度総合的に浮き彫りにされたと考える。
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