大腸菌における細胞分裂開始の誘導機構の遺伝的背景を明らかにし、分子レベルにおける理解への手がかりを得ることを目的に研究を行った。我々はすでに、F大腸菌においてはその細胞分裂がF因子のDNA複製に共役していること、その共役がF因子上の細胞分裂誘導遺伝子letAと細胞分裂抑制遺伝子letDにより調節されていることを報告している。これら遺伝子がどの様な分子機構に依って細胞分裂を調節しているのかを解析する第一歩として、28℃においてF因子letA変異株による細胞増殖阻害に耐性を示し、42℃において細胞増殖が温度感受性を示す宿主大腸菌の変異株を分離することにより、LetD蛋白質の標的蛋白質遺伝子を同定する事を試みた。得られた変異株を相補し得る組換えプラスミドを大腸菌染色体DNAのライブラリーから選択し、同じ組換えプラスミドにより相補されるか否かを指標として得られた26株の変異株を少なくとも7群に分類することが出来た。このうち42℃において細胞隔壁の合成が阻害されるtdiA6株を代表とする1群は、バクテリオファージP1を用いた形質導入とtdiA6変異を持つ組換えプラスミドpKP1508を用いた相補性試験によりgroES遺伝子上に変異をもつ事が明かとなった。この遺伝子領域を含むDNAの塩基配列を決定し、既報のGroES蛋白質のアミノ酸組成およびgroES遺伝子のプロモーター領域の塩基配列と比較することにより、上記結論を確認すると共に、groES遺伝子の塩基配列とGroES蛋白質のアミノ酸配列を明かにすることが出来た。以上の結果は、F因子を持つ大腸菌の細胞分裂開始には、F因子上の2つの遺伝子letA、letDのほかに、大腸菌染色体の遺伝子として形態形成遺伝子の一つであるgroES遺伝子を含めて、少なくとも7つの遺伝子が関与した複雑な過程であること、LetD蛋白質がGroES蛋白質と直接の相互作用を持つことに依って細胞分裂を調節している可能性があることを示している。
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